情報誌「大阪港」

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要旨

 

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*要約者の主観で読者の利便に役立てるため内容を要約したものであり、原文の趣旨を

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また要約についてなにかお気づきの際は事務局までご連絡ください。

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大阪港 no.043 1958年12月(昭和33年)第09巻 第5号

[掲載ページ] 目次詳細・要旨
[巻頭]雑感 日立造船社長 松原與三松 
 かつては産業の都大阪と言われたが、衰退している。理由は戦後大陸貿易が止まったこと、産業が重化学工業に構造変化したこと、政治と経済の結びつきが強くなり東京が便利になったことによる。工業用水の不足、陸上輸送逼迫、大阪港の旧態化もある。大阪経済復興のため、大阪港は商業港から工業港に脱皮すべき。南港開発計画に期待する。また船舶の大型化の傾向にも対応した近代港を実現すべき。
[01]最近の協会の動き (事務局)
・昭和34年度大阪港整備計画事業促進の運動について
・大阪港における港湾総合ビル建設の問題について
・大阪港におけるショーダービジョン局の設置促進の問題について
・大阪港における港湾労務者住宅対策の問題について
[09]大阪港笑う門 大阪港振興協会副会長 田中直方
「大阪港」誌の編集委員会で、もうすこし軟らかい内容を入れてはと言って文章を書くことになってしまい、回顧漫談を書く。大阪港利用促進委員会で、伊藤忠の小菅社長他の後援により、西アフリカ航路の大阪移転が第1突堤に専用岸壁を設けた結果、三井以外の全ラインが寄港するようになったがラストポートは達成できなかった。しかし5月以降は大部分が艀で神戸港に流れているので形勢を転回させないといけない。国際船員センターが閉店になったことは残念。近藤会長療養中で代理の自分の非才非力を感じる。明るい面では、発展の芽が出始めたこともある。政治経済も平穏な年ではなかったが、皇太子妃の決定発表が暗い世情にすがすがしい気分となった。
[11]ラインの河港 日立造船専務 桑原英夫 
欧州労使関係調査団でヂュッセルドルフに行った時の話。周辺都市の工場設備等を見学。重機械工場のデマック社を訪問した際デューイスブルグ港も見てとの話しあり、調べた内容、特に重油のパイプラインがポンピング輸送で直接内陸の石油精製工場に送っていたことに注目した。
大阪地区新造船ニュース
山君丸(日立桜島工場) 第八大源丸(名村造船)明城丸(藤永田) Delphic Eagle号(日立造船桜島工場)
[13]昭和33年の海運界を回顧して  大阪商船業務部企画課 
1.海運市況 2.業績概況 3.14次計画造船 4.海運政策 5・むすび 海運業界の最大の問題は、不況の乗り切りと国際競争力強化のため
如何にして企業基盤を強化安定させるかにある。根本的な対策として、海事金融機関の設立が切望される。戦後13年の国際上の立ち遅れを取り戻していくべきである。
[16]営業倉庫残高動向の分析 住友倉庫検査役兼調査室長 松本清
倉庫業界の不況は33年1月にスタートして25か月は続くと予想。貨物流動を調べると、主要食料、その他食料、その他の減少が赤信号(不況)を出させている。また国民在庫高と全国倉庫残高との間の相関関係について。業界人はあまり感心がないようだ。
[19]ことしの輸出船状況 日立造船営業調査第2課 
船舶輸出目標、世界の造船事情、下期の好転の要因分析、再び低迷する輸出船、輸出振興策の確立、海運市況の見通しについて。
[23]モンバサ港とその背後地 日本貿易振興会調査課 前ナイロビ調査員 臼井孝 
英領アフリカ・モンバサ港について、ケニア、ウガンダ、タンガニイカ北部、コンゴ東部をヒンターランドに持つ港。モンバサ港の港湾施設の整備状況、通関手続きについて。ヒンターランドの地域の将来の発展性について。
[26]港湾行政一元化運動の経過概要 大阪市港湾局振興係長 壷井充  
[36]艀運送損益分儀典算出方式 住友倉庫社員 神田真
[41]地盤沈下とその対策について 大阪市港湾局技術部計画課
[45]観光随筆「箱根と日光」(その1)高西敬義
[47]大阪港の生立ち(10) 川端直正
[50]港湾統計 大阪市港湾局 
[55]税関統計 大阪税関
[58]倉庫統計 (事務局)
[59]大阪地区造船所新造船状況 近畿造船協議会
        
 
 
 

大阪港 no.042 1958年10月(昭和33年)第09巻 第4号

[掲載ページ] 目次詳細・要旨
[巻頭]雑感 大阪商船社長 伊藤武雄
原子力の平和利用の内原子力商船研究が進められてきたが、採算を合わせるかが重要な問題となっている。近いうち原子力商船が世界海運市場に登場するだろうが、原子力商船に対処する港湾施設の改良整備も研究、対処しておくべき。
[01]最近の協会の動き (事務局)
・昭和33年度定期総会の開催について・昭和33年度港まつり行事の写真報告・大阪港の貿易促進に関する運動について 輸入食品検査所の大阪港設置についての要望書の提出・大阪港における港湾保安用レーダー設置の運動について・大阪港における港湾労務者住宅対策の問題について・大阪港海難防止対策委員会の動きについて (添付)台風情報等連絡系統図 
[14]港湾緊急整備特別会計について 大阪市港湾局
経済基盤強化資金に関する法律の成立により今回、「貿易の伸長による主要港湾の整備」が閣議了解となり特別会計の設置についての要綱が示された。その経緯と要綱の内容詳細
・今までの経緯 港湾施設の整備が経済発展基盤としての先行を要請されながら、常に立ち遅れ、経済成長の初期において既に隘路となっていること。戦前に比して、戦後の港湾への投資は低水準であり、新長期経済計画では、港湾での貨物取り扱いが膨大なものとなり量的、質的な規模で港湾計画を全面的に見直す必要がある。そのため、運輸省は港湾整備五か年計画を策定した。
・港湾緊急整備事業特別会計要綱:必要性、設置の理由、特別会計の事業、事業資金の構成(国、港湾管理者、受益者で負担)他
・要請別事業の内容(1)主要外国貿易港湾の整備(輸出の大港湾集中 一般雑貨を航路別に、特に大阪港は鉄鋼)(2)鉄鋼石輸入港湾の整備(大阪港では中山製鋼所に至る航路を整備)(3)原油輸入港湾の整備(4)石炭輸送のための港湾整備(表)大阪港における港湾緊急整備事業
[18]「大阪市港湾局よりの御報せ」 陸上出入貨物流動状況調査の実施について
[19]倉庫業の3盲点  住友倉庫検査役兼調査室長 松本清 
倉庫業法の改正により開業許可制になったが、内容はほとんど変わっていない。業界の有する盲点を指摘した。①保管料率 ②特殊荷役料率 ③倉庫証券 についての現状の取扱いと問題点を指摘
[23]南米航路の不振と移民船経営の現状 大阪商船業務部企画課
南米移住は戦後昭和27年より再開されたが、その後すでに2万2千人が渡り、今後10年間で40万人の送出計画が外務省で決定された。一方移住者の輸送を担う移民船経営は経営不振となっている。移民船は「あるぜんちな丸」を加えて5隻で年間8千人を輸送している。一方その運航収支は
年間数億円の損失が見込まれる。その原因と国家補助についての記述
(1)長期化傾向の強い南米航路の不振(2)移民船経営に於ける運航損失の激増(3)移民船の構造的特殊性と移民船経営の限界(4)移民船の構造形態を「貨客船」とする理由(5)移民船に対する国家補助の必要性
[27]世界タンカー事情 日立造船営業調査第2課
ファイナンシャル・タイムス造船特集号より
・増大するタンカー船体・大型化するタンカー・船腹過剰・大型ドックの不足・表1 国別タンカー保有量(1958年) 表2 世界におけるタンカー手持工事量(1958年)表3 世界タンカー船齢別統計(1958年)
[31]大阪港の生立ち(9)川端直正
戦前三大貿易港の一つとして昭和6年より取扱い貨物量で日本一となり「屯量入超、価格出超」で栄えたが、戦災、南海地震、高潮、機雷の投下により港湾機能をすべて失うにいたった。
1 港湾の修築工事
戦災復興工事、水害対策工事や中央突堤震災復興工事で順次復旧したが、○都心との距離が遠く不便○冬季西風で荷役不能日数60日に及ぶ○重工業による激しい地盤沈下 などの欠点あり
2 大阪修築計画の立案
終戦後の大阪市総合振興計画にあわせ抜本的な修築計画を立案した。外港方式から、河川拡幅により内港化する。各港域はふ船、陸上、カーフェリーで連絡、河川浚渫土砂でOP+3.5mに盛土する計画
3 計画の実施と進捗
工事は22年7月15日開港記念日を期して起工、計画局の西部低地区復興事業と調整し、港区を重点実施する。住之江の平林貯木場の建設に応じ大正区の盛土工事など本格的に実施することになった。昭和32年度末までの工事進捗状況のまとめ
 
[34]観光随筆 熊本から阿蘇路別府へ (3) 高西敬義
[35]港湾統計   大阪市港湾局
昭和33年4月まで 入港船舶 出入貨物 外航船舶国籍別 大阪港輸移出入貨物品目種別状況 
[40]税関統計    大阪税関
昭和33年8月まで 輸出入額、トン数  全国主要港貿易額調 運送方法別輸出入価格
[43]倉庫統計   (事務局)
大阪市内営業倉庫入出庫及残高 昭和27年~33年3月まで 全国、大阪市、在版五社(三井、三菱、澁澤、杉村、住友)
[44]大阪地区造船所新造船状況    近畿造船協議会 
昭和33年6月~7月 進水船 竣工船 
造船ニュース写真
長良丸(名村造船) 平島丸(日立桜島)
会報 (事務局)        
 
 
 
 

大阪港 no.041 1958年07月(昭和33年)第09巻 第3号

[掲載ページ] 目次詳細・要旨
[巻頭]雑感 振興協会会長 近藤博夫
日本の生きる道は「貿易の拡大」に頼るほかなく、今、真剣に討議されている。大阪港がそれに役立つか否か、どうすれば役立てさせれるか、徹底した再検討加えるべき。施設整備、高速電車乗り入れ、第2阪神国道安治川架橋、名神弾丸道路、大阪空港との高速短絡など強く訴えたい。
[01]昭和33年度事業計画要綱 (事務局)
第1 大阪港の貿易振興に関する諸対策の推進
第2 大阪港改修基本計画の完遂方推進
第3 既存港湾諸施設の近代的改良整備の促進
第4 大阪港陸上交通幹線網の強化促進
第5 大阪港の台風災害防止に関する諸対策の実施
第6 大阪港における港湾労務対策の確立推進
第7 大阪港開港記念行事の実施
第8 その他(港湾総合ビル、港湾レーダー整備他)
[03]港ニュース(1)
5月14日 中央突堤で OSK. あるぜんちな丸就航披露
[04]わが国貿易の当面する諸問題点について 日本貿易会参事 小林忠一
貿易の現状は、内にか過剰設備、過剰在庫、不況の一般化、外に世界景気の沈滞、政治不安、輸入制限など悪材料の山。さらに中共貿易の中断、米国対外援助法のペイン修正案が付加した。輸出品では、鉄鋼は伸びているが、繊維、船舶、セメント、玩具などの消長にかかっている。今後重化学工業品を輸出しえるかにかかっている。世界的に安定した市場がほとんどない状況。当面の課題として〇貿易業者の輸出意欲を阻害する施策が多い〇生産技術面で改善すべき点多し〇海外への売り込み体制が不備である。輸出か死かという、国情の認識が欠けている。
[06]「造船ニュース」(その1)
ATLANTC SUNRISE(佐野安ドック) かんべら丸(佐野安ドック) DELPHIC EAGLE(日立造船桜島) 明俊丸(藤永田造船)
[07]西アフリカの貿易事情 ジェトロ大阪本部調査課  岡本昌雄
英領西アフリカと日本は相互の認識はまだ少ない。貿易面では、日本の輸出の3%を占め重要な輸出市場となっている。各国ごとの輸出品の内容 〇英領西アフリカ 〇ガーナ 輸出業者、アフリカ専門商社は本拠が大阪 〇ナイジェリア 〇ガーナまた港湾は荷役効率わるくバースが狭い。アクラ港の状況悪くテマに新港が建設されている。
[11]「造船ニュース」(その2)明祥丸(藤永田造船) 山星丸(佐野安ドック) 山若丸(日立造船桜島) かるかつた丸(名村造船)
[12]鉱石専用船隊の現状と見通し 日立造船調査部調査第2課
世界海運界ではタンカーに続いて特殊専用船、特に鉱石専用船の重要性が増してきた。鉱石専用船の現状と将来見透しについて、海外調査報告書をもとに説明。以下項目:・鉄鉱石の海上荷動量 ーヨーロッパー日本ー米国ーセントローレンス水路・結論ー鉱石専用船隊の現状ー建造中並びに発注済鉱石船ー鉱石専用船の所有形態-船腹需要の見通し。
 
[17]「在庫」というもの(3) 住友倉庫検査役兼調査室長  松本清
今後の経済予測の面でも、在庫に関する研究が重要であるが十分でない。投資は3分類され、中でも在庫投資の変動が重要。在庫水準のピークは景気循環のピークから平均9か月遅れる。在庫は、棚卸の対象となる商品で法人統計上は製品、仕掛品、原材料及び貯蔵品に区分され、年度間の在庫投資は在庫高の差である。
[19]港ニュース(2)
5月11日 印パ航路、松豊丸で花束贈呈
5月23日 大阪湾掃海隊群司令に花束贈呈
5月27日 西阿航路第一船ばなま丸に花束贈呈
 
[20]海運市況予測 大阪商船業務部企画課
1.米国経済を中心とした世界景気の動向
  (1)現在のリセッションの特徴
  (2)米国景気の見通し・・景気回復は年末/来春ごろ
  (3)世界景気の見通し・・欧米先進国の経済成長率3~3.5%にとどまる
  (4)ミサイル軍備と米国経済・・鉄鉱石等の太宗海上荷動きに大きな影響はない
2.最近の世界不定期船運賃市況の動向  海運市況概説・・市況の低迷は長期化の様相
3.最近の世界海運情勢
4.経済指標と海運市況の相関関係よりみた市況上昇次期
5.海運市況見通し・・不況2年続く、1960年央以降上騰
 
[42]観光随筆 熊本から阿蘇路別府へ (2) 高西敬義
[44]大阪港の生立ち(8)大阪市史編集委員 川端直正
1.港内が2倍半となる大阪港の第2次修築計画
1次工事の完成をまたず昭和2年12月2次計画が市の臨時港湾調査会で決定した。50年後の大大阪の発展を予想し、総工費1億5千万円、港内面積約2倍半の500万坪となる計画
2.計画の実施
急施を要すものより実施、実施内容の詳細を記載。風水害により非常な損傷を受けたが復興工事を実施した。
3.戦前の港湾整備と港勢
(1)港内安全設備(2)繋船設備(3)陸上設備(4)付帯作業  昭和12年 出入り貨物3088万トンで、14年貿易額で全国一になる。
[47]西アフリカ航路最終港大阪移港問題の経過(その1) 大阪市港湾局管理部振興課
西アフリカ航路の日本のファイナルポートを神戸から大阪に移行しようとする運動の経過解説
1.問題の発端:神戸港における月末貨物集中排除の一策として大阪港移行がシッパー採択したことから発生。この移行問題は阪神両港の貨物量のバランスであり、両港の共存共栄にある。
2.貿易港湾合同委員会の誕生と問題の進展:大阪港利用増大特別委員会の動きと神戸港よりの反対文章の送付、船会社が先か荷主が先かという問題。委員会、大阪商工会議所、大阪市長による大阪商船への申し入れ
[51]大阪港年譜 大阪市港湾局管理部
 大阪港が開港90年を数えるにあたり、心を新たにして振興を図るため大阪港年譜を作成した。(内容 別添のとおり)
[52]港湾統計 大阪市港湾局
昭和32年総計 入港船舶 出入貨物 外航船舶国籍別 大阪港輸移出入貨物品目種別状況 5大港構成比較
[58]税関統計 大阪税関
昭和33年5月まで 輸出入額、トン数  全国主要港貿易額調 運送方法別輸出入価格
[61]倉庫統計(事務局)
大阪市内営業倉庫入出庫及残高 昭和28年~32年まで  全国、大阪市、在版五社(三井、三菱、澁澤、杉村、住友)
[62]大阪地区造船所新造船状況 近畿造船協議会
昭和33年1月~5月 進水船 竣工船 
 
[64]最近の協会の動き(事務局)
大阪港の貿易促進の関する運動について
 〇 西アフリカ定期航路積出最終港として大阪港指定方の問題について
 〇 日ソ「ナオトカ航路」大阪寄港方要請
 〇 大阪港入港の特種船舶に対する歓迎行事実施について
大阪湾掃海完了祝賀会の挙行
大阪港陸上交通整備に関連して
昭和33年度大阪港開港記念行事の実施について
 
(別添)大阪港年譜(大阪市港湾局管理部)雑誌大阪港 No41P,50 51~52記載転記
[1885年]安政元年:09月18日 ロシヤ軍艦ジャナ号、天保山沖にあらわれる。
[1867年]慶応3年:12月07日 大阪を開市、兵庫を開港する。
[1868年]明治元年:03月26日 わが国最初の観艦式を天保山沖にて挙行。05月01日 川口運上所(大阪税関の前身)を開設。07月15日 大阪を開港し、外国貿易をはじめる。
[1869年]明治2年:  イギリス人 ヘンリー・ブランドンはじめて大阪に築港を計画
[1871年]明治4年:  川口波止場および天保山灯明台を建造する。
[1872年]明治05年:4月 築港義社が結成され、築港建設運動が始められる。
[1873]明治06年:2月 オランダ人 ファン・ドールン再び大阪の築港を計画。3月10日大阪港の境界きまる。
[1875,1879]明治8年、12年: 大阪鎖港論が市民の間で取沙汰される。
[1880]明治13年:オランダ人 ヨハネス・デ・レーケあらためて築港計画に着手(この計画は20年4月に完成)   
[1889]明治22年:築港研究会が結成され、築港建設運動促進される。
[1892]明治25年:11月25日築港測量費、大阪市会において可決される。12月築港測量事務所を設置して、大阪湾の実測に乗り出す。
[1893]明治26年:4月築港取調所を設け、貿易金融等の経済を調査開始
[1894]明治27年:6月デ・レーケ築港の計画および設計を完了
[1896]明治29年:5月13日築港工事に関する予算案、大阪市会を通過。6月築港期成同盟会結成され、築港事業の早期着手をはかる。
[1897]明治30年:3月築港費の国庫補助について帝国議会で承認される。4月1日第1次市域拡張により、港湾地帯など市内に編入。9月1日築港事務所(港湾局の前身)を開く。所長 西村捨三。10月17日天保山にて築港起工式を挙行、小松宮殿下台臨
[1898]明治31年:4月15日西成鉄道大阪・安治川口間に開通
[1902]明治35年:11月17日港公債を海外にも売り出す。12月内港防波堤(延長1492mの捨石堤)完成
[1903]明治36年:4月帝国軍艦40数隻、はじめて築港に入港。5月8日明治天皇大阪に行幸、築港をご覧になられる。7月築港大桟橋(延長455m、幅員27m)完成、8月築港を一般船舶の利用のために開放、9月26日大阪最初の市電(2階付電車)築港・花園橋間に開通
[1904]明治37年:12月築港関門灯台完成
[1905]明治38年:7月南防波堤(4438m)、北防波堤(2766m)完成。10月港内に船舶繋留用の浮標を設置
[1907]明治40年:10月22日港湾調査会の議を経て第2種重要港湾の指定を受ける
[1913]大正 2年:12月はじめて市設の起重機を設置
[1916]大正 5年: 3月木津川運河(延長1832 m、幅員72.7m)の開削を完了。財界の不況のために築港工事を一時中止。4月1日船舶給水および曳船事業を市の直営として業務を開始
[1917]大正 6年: 5月 天保山運河(延長2480m、幅員45.5m)の開削を完了
[1918]大正 7年: 9月 築港工事を再開、残工事の施行に着手する。
[1922]大正11年:3月 天保山桟橋竣功(大阪商船の寄付により市が施工)
[1925]大正14年:4月1日第2次市域拡張により、港湾工事でできた埋立地も市域に含まれる。
[1926]大正15年:3月第1号けい船岸竣功(住友倉庫により施工、施設は市に寄付) 12月1日市設けい船岸桟橋使用条例を制定
[1929]昭和4年:3月31日築港工事(第1次修築工事)ついに完成 28日臨港鉄道開通、30日、市設上屋、倉庫、荷捌場の各使用条例を制定5月4日 天皇陛下、大阪港へ行幸、7月27日第2次修築計画の第1期工事に着手。市設けい船浮標・曳船・綱取・起重機等につき、各使用条例を制定
[1930]昭和5年1月:桜島第2号桟橋築造工事を完成
[1932]昭和7年2月:尻無川南けい船岸竣功(貝島商事の寄附により市が施工)5月梅町北けい船岸竣功(沖ノ山炭鉱の寄付により市が施工)7月15日大阪港の記念日を定め、第1回の港まつりをもよおす。
[1934]昭和8年:3月第8号けい船岸築造工事を完成
[1935]昭和9年:5月15日 北港会社によって北港修築工事起工 9月21日 室戸台風来襲し、港湾施設は甚大な被害をこうむる。
[1936]昭和10年:3月梅町西けい船岸竣功(満鉄の寄附により市が施工)7月15日復興工事を起工、第2次修築工事と併せて実施
[1937~09]昭和12年~14年港勢史上に最盛期を画する。入港船舶数22万隻4381万トン(12年)出入貨物量3126万トン(14年)を記録
[1938]昭和13年:3月第2次修築計画の第1期工事分につき完了(31日)
[1940]昭和15年:4月第2次修築計画の第2期工事に着工
[1944]昭和19年:3月築港大桟橋跡に中央突堤を建設する。12月7日南海地震起こり、港湾施設に甚大被害を蒙る。
[1945]昭和20年:3~6月戦災で港湾地帯一帯が焼土と化し、港湾機能停頓状態となる。
[1946~7]昭和21年22年戦災復旧工事を実施し、残存施設の整備をはかる
[1947]昭和22年:3月31日第2次修築計画の第2期工事および復興修築工事を打ち切る。6月1日 天皇陛下、大阪港へ行幸。7月15日大阪港修築10ヵ年計画工事を起こす。
[1948]昭和23年:5月13日港内の航行についてアメリカ海軍より安全宣言が発せられる。8月民間貿易再開後の外国第1船として米国船プレジデント・マッキンレー号入港
[1950]昭和25年:9月3日ジェーン台風来襲し、港湾施設またしても甚大な被害を受ける。11月高潮防災対策事業を起こし、風水害に対し万全をはかる。
[1951]昭和26年:1月19日港湾法施行令により重要港湾に指定。4月01日安治川第1号岸壁建造、一般の共用を開始 、9月22日港湾法の一部改正により、特定重要港湾の指定を受ける。
[1952]昭和27年:1月1日港湾法に基づき、大阪市が大阪港の管理者として正式に決定
[1954]昭和29年3月桜島第1号桟橋のかき上げ修理を完成 4月10日~23日 戦後初めて国際見本市を安治川埠頭地帯に第2会場を設けて開催
[1955]昭和30年12月7日サイロ建設工事完了し、荷役をはじめる。第1船高栄丸。14日木津川にカー・フェリー就航
[1956]昭和31年3月15日国鉄東臨港線開通、20日国鉄環状線敷設工事始まる。4月8日~22日第3回国際見本市をふたたび安治川ふ頭地帯を第2会場として開催。10月31日天皇、皇后両陛下大阪港へ行幸啓
[1957]昭和32年4月臨海工業地域造成計画案成る。7~10月大阪港開港90年記念の式典、事業、行事行わる。(10月8日記念式) 11月29日    臨海工業地域造成計画を包含した大阪港改訂港湾計画案が運輸省港湾審議会において可決
[1958]昭和33年7月15日臨海工業地域造成地鎮祭ならびに同起工式を兼ねて大阪港開港記念式を挙行
 
 
 
 
 
 
 
 

大阪港 no.040 1958年05月(昭和33年)第09巻 第2号

[掲載ページ] 目次詳細・要旨
協会の動き
[01]大阪港の貿易促進の問題に関連して
・西アフリカ定期航路の大阪港最終港指定の問題・ベラワン航路の開設とその第一船の歓迎・日中貿易に関する講演と懇談・食品衛生法改正に伴う関係官の大阪港常駐方の問題
[03]大阪港における港湾総合ビル建設の問題
[04]昭和33年度大阪港改修計画について 大阪市港湾局
昭和22年からの復興修築計画工事は32年度末で70%97億円の事業費となった。33年度の港湾局予算約28億円の主な事業内容・臨海工業地域の造成・サイロ・ビンの増設・浚渫・盛土・接岸設備・上屋・道路・貯木場(5号)・防潮堤(北港他)・その他(平尾町ポンプ)
[06]国際収支と景気 住友商事調査部長 小泉計太郎
国際収支の急激な悪化に伴う金融引き締めで、収支は改善されたが、反面、国内不況は深刻となっている。収支の改善は輸入の減少によるもの。不況対策として輸出の増加のみが効果あり、輸出第一主義に徹するべき。
[07]大阪とアジア貿易 アジア貿易協者専務理事 佐藤仁彦
大阪の没落は戦争のため
今や大阪は一ローカル都市になってしまった。没落した原因はなにか。それは戦争による。統制経済により自由に商売ができなくなったこと。大阪商人の資本力が戦後の重税により非力になった。
大阪と川口華商 
戦前、アジア貿易7割が大阪で内5割い所が中国大陸との貿易だった。中国貿易で重要な役割を果たしたのが川口華商で千人以上で貿易していた。対中国輸出の7割以上が川口華商を通じていた。しかし戦後復興できていない。
アジア貿易振興への一策
大阪経済の強みである軽工業の技術、設備を東南アジアとの技術合作で移転・再生すれば、重化学工業へと脱皮する機動力になる。
 
[09]我国定期船経営の劣勢条件について 大阪商船業務部企画課長 平井洋
・我国定期船企業の低収益力:大阪海運研究会での指摘、ライナーの国際競争力が弱いのは低収益性によること ①世界における定期船保有率と輸出比率の関係②定期船積取量の日独比較。・我国輸出貿易構造の特質・日本を中心とする船腹供給事情・世界海運市場における日本ライナーの位置:①各同盟内での邦船船主の地位の低下 ②アジアの後進海運国船隊の台頭が課題となっている。・過当競争排除の必要性 西ドイツの共同配船の例、日本のオベレーターとオーナの特別な関係が不況時の過剰船腹、過当競争につながっている。
 
[17]環状線新設工事の現況について 国鉄大阪工事局環状線課長 別所多喜治
環状線工事は31年3月着工から用地買収も山を越え、安治川橋梁も桁下OP+12.25mで決定進捗は30%契約額13億円となっている。
工事現況各地区ごと ①西九条付近 ②安治川橋梁 ③弁天町付近④市岡元町付近⑤境川・芦原橋 ⑥芦原橋・新紀州街道(参考図:大阪市交通図)
 
[21]最近の世界造船界 日立造船調査部調査第2課  ノールウェイジャン・シッピング・ニューズ誌より
1957年は造船業界にとって繁栄の年であった。その要因と今後について
・タンカーの大量発注 ・記録的な建造量 ・受注の減退(米国不況 ヨーロッパ経済の伸びなやみ)
・ノールウェー船主の発中状況・船主の資金不足・中古船の値下がり・設備拡張
・主要造船国の状況(英国、ドイツ、スエーデン、デンマーク、フランス)
 
[25]「在庫」というもの(2)住友倉庫調査役兼調査室長 松本清
在庫問題に対して倉庫業界は積極的に考察してもよい。使用する在庫統計として・通産省調査・総理府統計局の個人企業調査・通産省商業動態統計と商業センサスの詳細・通産省基準生産者製品在庫指数の作成と改訂内容
 
[29]大阪港の生立ち(7) 大阪市史編集委員 川端直正
1.築港工事の一時中止とその再開
 築港工事は明治38年工期を10年延長し、大正4年竣工したが、残工事は一時中止となった。欧州大戦後再開し、昭和4年3月に31年4千万円余をかけて完成した。昭和2年の入港船舶17万9千隻出入貨物は27億6千万になり神戸、横浜と同等となる。4年から第2次修築工事が起工された。
2. 北港一体の発展
明治31年西成鉄道により海陸連絡し大工場が進出した。第一級の工業区として発展、北港海岸には潮湯が開設、潮干狩、海水浴で親しまれる。
3 スミスの飛行と市岡パラダイス
港区方面では市岡、安治川土地株式会社による埋立、道路、住宅の建設が進んだ。大正5年スミスの飛行大会開催、14年市岡パラダイスで大劇場、映画館、飛行塔、千人風呂が開園また大正3年築港大潮湯、12年市岡運動場開設、大正時代に急激に発展した。
 
[32]観光随筆「熊本から阿蘇路別府へ」(その1)高西敬義
熊本から阿蘇別府を回った時の観光随筆。熊本城、本妙寺、水前寺公園を訪れた感想、あわせて日本の城郭の歴史と日本庭園の沿革
内牧温泉着
 
造船ニュース写真(1)
ふじ丸(塩山船渠) 長良丸(名村造船)かるかつた丸(名村造船)明祥丸(藤永田造船)
[35]港湾統計 大阪市港湾局
昭和32年12月まで入港船舶 出入貨物 外航船舶国籍別   大阪港輸移出入貨物品目種別状況 5大港構成比較
[40]税関統計 大阪税関
昭和33年3月まで 輸出入額、トン数  全国主要港貿易額調 運送方法別輸出入価格
[43]倉庫統計 (事務局)
大阪市内営業倉庫入出庫及残高 昭和28年~31年 32年10月まで 全国、大阪市、在版五社(三井、三菱、澁澤、杉村、住友)
[44]大阪地区造船所新造船状況 近畿造船協議会
昭和33年1月~2月 進水船 竣工船 
造船ニュース写真(2)
山若丸(日立造船桜島工場) 明俊丸(藤永田造船)
[45]会報 (事務局)3月大阪入港の練習船海王丸の写真
 
 
 
 
 
 

大阪港 no.039 1958年01月(昭和33年)第09巻 第1号

[掲載ページ] 目次詳細・要旨
[01]最近の協会の動き (事務局)
 ・大阪港の貿易促進の問題について 「ポートチャージ」の合理的調整方に関する要望書の提出・大阪港利用増大特別委員会の西阿航路問題に関する動きに関連して・中央埠頭地の整備の問題について・大阪港整備計画促進の運動について・阪港整備促進に関する上京陳情について 事業費増額に関する要望書・大阪港における港湾総合ビル建設の問題について
 
[06]「大阪港ニュース」  大阪市港湾局
・南海丸遭難救援作業に市タグボート出動 ・南氷洋からの初冷凍鯨肉来る・大阪港の海上警備力充実・港の医療施設整備される・カーフェリーボート2月から増発・衆議院運輸委員一行・大阪港視察
 
[07]座談会「関西経済のあり方」 日本海事新聞
 日本海事新聞主催の座談会からの転載
 出席者 江商会長 大阪商工会議所副会頭 駒村資正 
     川崎重工業川崎航空機社長 手塚敏雄
     関西汽船社長 平井好一
・神戸と大阪両港の競合問題について:
 一本化した阪神港とする構想・阪神国道の強化、大阪市を中核とした大大阪都とする道州制の必要性・堺港と大阪港の課題
・関西経済の振興と経済圏の確立
 経済団体と府市で「大阪経済振興連絡協議会」を結成して取り組んでいる。中小企業は量より質の改善を図らなければ欧米に対抗できなくなる。貿易業者に権威のある調査機関の必要性。製造工場は関東より関西の方が有利、特に造船所は生産量が60~70%が関西。一方、本社の東京移転問題がすべての業界で一種の流行のようになってきている。通信技術の進歩によって、遠方でも仕事はできるようになるので東京集中はあまり心配してない当面、政府の保護政策をうける必要から東京一極集中は抑えられない。まだ電話連絡も十分でなくビジネスチャンスを逸している。
 
[11]1957年世界不定期船運賃市況の回顧 大阪商船業務部企画課
1957年の海運運賃市況の概要 石炭、穀物、鉱石の動き。不定期船主要航路運賃レートと推移表リバティ型船価およびタイムチャータレート推移表。スエズ運河再開業、米国予備船の再繋船、船主経済の悪化、不定期船の繋船の増加などの動き。1958年市況の見通しとして、需要減少による荷動き減、供給は不定期船の解体は増加するものの、効果が出るまで時間かかるため、市況は本格的上騰に転じることは期待出来ない。
 
[21]「在庫」というもの 住友倉庫検査役兼調査室長 松本清
経済計画の大綱が閣議決定された。国民財産は国富調査会議によれば、20.3兆円は物価指数で換算するば、昭和10年当時を若干上回る程度で、いかに戦争被害と窮乏期の資産食いつぶしが大きかったがわかる。昭和20年(降伏宣言当日)現在は0.19兆円であった。在庫論争が昭和32年に激しく行われたのは、それにより国際収支の見通しが変わるため在庫投資は在庫貨物現在高と一定の関係を有する。昭和31~32年では増加率が13%と一致した。在庫高は国民経済との結び付が強いものであり、その統計に関心を払うべきである。
 
[25]英国、ドイツ造船業の近況 日立造船調査部調査第2課 
世界造船界の動向:昨年の世界造船所の建造量は780万総トンで5年前の2倍で記録的なものとなった。今後の建造量はタンカー需要の如何に関わる。特にディーゼル船が6割で増加している。
ドイツ造船業の動き:1・2年で設備の近代化、建造能力の拡大に努力している。一方熟練労働者不足が激しい
英国造船業の近況:船の起工量、建造中船舶量との過去最高を記録、手持ち工事量は683万総トンもある
英国造船コストの傾向:建造コストは値上がりが続く(表:労働者の平均賃金、鋼材トンあたりの価格推移造船所トン当たりの船価 英国貨物船コストの内訳)
 
[31]港あれこれ 大阪貿易協会専務理事 浜野恭平
大阪港について思うことあれこれ〇先入観 西風やら台風やら 炭坑節 〇ランドチャージ 海運関係の総合庁舎できないか 〇良い意味のミスター辻 〇かんしん 大阪港を見ると
 
[34]大阪港の生立ち(6)大阪市市史編集委員 川崎直正
1 初代築港事務所長 西村捨三
明治30年9月築港事務所開設(明治44年2月市役所港湾課まで存在)し初代所長に元大阪府知事、西村捨三就任、沖野忠雄工事長他、所長就任に当っての大阪市との契約内容。西村は明治36年2月辞任、41年彦根で死去66歳
2 築港工事の困難
泥海に防波堤づくりから始まった。岡山県犬島の石材を活用したが、32年12月第5犬島丸が明石海峡鹿の瀬で沈没21名死亡する事故が発生した。工事の進捗に困難を極めた。
3 築港の開放
明治36年8月築港一般開放が告示される。9月花園橋・築港間に大阪市最初の市電開通。工事期間10年延長した。工事の進捗状況のまとめ。日露戦争による貿易の伸長、戦後の衰退へと
 
[37]港人巷語 K・L・M生  
港湾で使われる漢字とその元の英語の意味合いなど随筆
 
[39]「大阪港開港90年記念論文」その2 大阪港についてー港とはどうあるべきかという観点よりー 山中竜雄(大阪市港湾局勤務)
1.はしがき
市営港としての大阪港の誇り、市民の自覚と先達の努力により発展してきた。戦後の状況と京浜、中京地区の台頭と名古屋港の脅威。
2.安全な泊地について
”安全な港”とは ①静穏であることー西の季節風への対応、西側を封ずるため、南港、堺港の防波堤の活用②必要水深の確保ー最大予定入港船水深の1m深く確保すべき。水深調査と浚渫の必要性③所要船舶を収容し得る水面積について④気象・・特に霧についてー港湾レーダーの設置⑤信号所についてー港の情勢把握体制の強化、海務課の位置、ワーフ・マスター、業務用TVの活用での監視能力向上
3.荷役について
大阪港は沖荷役が60%で荷役迅速化のため、岸壁荷役の増加、荷役設備の近代化が必要。貨物・人輸送の円j活化のため ①高速鉄道の速やかな実現②南港埋立地への交通③トンネルの設置
4.管理行政について
港の行政は複雑だが、管理業務を管理者に集中させるべき。①場所的な統一ー官庁ブロック、総合ビル建設・管理業務の集中ー港長との競合整理、管理者に一元化・出港免状ー税関による発行から管理者へ・トン税ー市営港での廃止・河川の管理ー港湾の管理区域との重複あり、港湾管理者に一元化すべき(特別市の実現)②港湾管理形態について 日本では独立採算をとるポートオーソリティは無理で、その利点である港湾の業務を処理し得る地位の獲得に努力すべき。
5。むすび
日本は長い海岸線を有し、どこにでも港が造り得るため、各地に港湾が生まれ、その競争は激しくなる。この競争に打ち勝つには”港たらしむ”につきる。港としての実力を培うことが、すべてに勝る先決問題である。
 
造船ニュース(写真)(2)
・ATLANTC SUNLIGHT(佐野安造船)・明祥丸(藤永田造船)・隆洋丸(大阪造船)
[49]港湾統計 大阪市港湾局
昭和32年9月まで入港船舶 出入貨物 外航船舶国籍別 大阪港輸移出入貨物品目種別状況 5大港構成比較
[53]税関統計 大阪税関
昭和33年1月まで 輸出入額、トン数  全国主要港貿易額調 運送方法別輸出入価格
[56]倉庫統計(事務局)
大阪市内営業倉庫入出庫及残高 昭和28年~31年 32年8月まで 全国、大阪市、在版五社(三井、三菱、澁澤、杉村、住友)
大阪地区造船所新造船状況 近畿造船協議会
昭和32年12月 進水船 竣工船 同年4月~6月 修繕船状況
 造船ニュース(写真)
・松達丸(藤永田造船) ・隆昌丸(大阪造船)・山安丸(日立桜島)・鉄昌丸(佐野安ドック) ・V.S.P 大東丸(大阪造船)・笠島丸(日立桜島)
会報(1)大阪港開港90年記念行事費清算報告(事務局)
会報(2)(事務局)
 
 
 
 
 
 

大阪港 no.038 1957年12月(昭和32年)第08巻 第5号

[掲載ページ] 目次詳細・要旨 
[01]最近の協会の動き(事務局)
昭和33年度 大阪港整備計画事業促進について
大阪港の貿易促進に関する問題について
大阪港の海難防止対策の実施について
大阪港開港90年記念諸行事の実施
[07]大阪港改訂港湾計画について 大阪市港湾局 (福山記)
11月29日運輸省港湾員会で審議され大阪港復興10カ年計画を改訂した。南港に170万坪の臨海工業用地を造成、船舶の大型化に対応した。
主要航路泊地推進を9~12mにする2点の改定計画、全体事業費200億円(うち臨海工業地域155億円、浚渫45億円)
付図)大阪港改訂計画図
[09]昭和32年の海運界を顧みて 大阪商船業務部企画課
不定期船運賃は1953年来の最安値になっている。船腹の建造による増加、米国予備艦隊の稼働、ヨーロッパでの豊作による穀物輸送需要の減少など、後進国の外貨不足など世界景気の沈滞による。タンカーについても同様に低調。我が国の海運会社、特に不定期船会社は業績悪かった。一方定期船会社は新規航路開拓、拡充を図った。日本の商船隊は昭和33年3月末で395万総トンになり昨年から70万トン増加するなど、計画造船によるものである。一方利子補給制度は撤廃され、海運業は厳しい。国際競争力も英国と比しても弱く海事専門金融機関の設立が望まれる。
 
[12]32年の貿易を回顧して 日本貿易会関西本部 小林忠一
今年は多事多端な年であった。一千億円の減税から始まり、5月外貨危機からの金融引き締め、ポンド危機、国際収支の悪化特に輸入の増大による貿易収支が大きく赤字が原因。IMFからの借入等により凌いでいる。輸出をなんとしても伸ばす必要ある。
 
[15]造船界の回顧を展望 日立造船船舶営業調査課
我が国造船業界は昭和29年には大量の輸出船の受注に成功し、それ以降も造船需要旺盛で、31年にはイギリスを追い越し世界1となった。一方32年春以降の世界的運賃の暴落により、造船界においても、手持ち工事量が減少に転じた。大型石油タンカー、バルクキャリアーは以前需要高い、輸出船受注を増やすためにも、フィリピン、ビルマからの賠償物件としての船舶を活用するなど、諸外国に先駆けて新興市場を開拓スべき。安定操業のためにも手持ち工事量は2年分あるが、超大型船台を持たない造船会社は1年分ほどしかない。造船所での雇用状況をみても今後、過剰操業はさけ、適正操業に移行すべきである。
 
[18]北欧港湾の素描 港湾局計画課長 福山真三郎
6月末ハンブルグでの国際荷役調整会議、ロンドンの国際航路会議に出席した後欧州の主要港湾を視察したが中でも印象深かった北欧の港湾の報告
オスロー港
年間取扱貨物量350万トン 岸壁延長12300m 上屋倉庫12ha クレーン120基ほか、埠頭はオーソリティが建設して民間会社に売却する方式。上屋の2階は労務者の厚生施設になっている。(参考:岸壁と上屋の断面図)
ストックホルム港
外港と内港に分かれて 取扱貨物量 430万トン 自由港域74エーカ 会社で運営、倉庫は4~5階建てになっている
コペンハーゲン港
南港は工業港、北港は内港、外港で外港は自由港区215エーカーとなっている。港の入り口には大きな港の模型があり市民へのPRとなっている。輸入750万輸出200万トン、人工島でオイルハーバー造っている。水深10.5m 
3港とも立派な上屋、倉庫を有し防舷材も完備している。近代化を積極的に進めていた。
 
[20]バンコック港の近況について 第3港湾局次長 三上恒
8月にタイでのFCAFE内陸港作業部会に出席し、バンコック港を視察したのでその報告
チャオプライヤ河に臨む河川港で、旧港と新港からなる。旧港は水深4mしか通れず、いまは河口から40kmに建設された新港(船長172m吃水8.2m)で船舶出入り可能となっている。海と河川の間に巨大なバーがあり、これを浚渫して水深7~9mを維持するのに年間浚渫500~600万立米必要、土捨場は4km離れた沖合に処分している。港務局は1951年にタイ国内全部の港湾を建設、運営する自治体として法律で位置づけられ、荷役施設等の港湾業務は港務局による直営で運営されている。その他、ラオス王国など後方地域とのアクセス、港の将来計画など
参考)バンコック バー チャネルの図面 埠頭平面図、1956年のバンコック港の港勢表、浚渫船、上屋荷役の写真など
 
[27]開港90年記念行事のあしあと 大阪市港湾局
大阪港開港90年を記念して行われた記念行事を時系列と写真で紹介、順を追って、記念論文の募集、写真コンクール、花火大会、港内めぐり
天保山点ター広場での演芸大会、大阪みなと音頭、西村翁銅像除幕式、ミスみなと選定発表会および音楽と映画の夕べ、阪急百貨店での栄える。大阪みなと展覧会、記念たばこ、花電車、花自動車によるパレード10月8日の市恒久展示場での記念式典と安治川での艦艇行進、国際港湾協議会、日本港湾協議会総会、船員慰安大会が10月開かれた。
 
[35]「日倉大阪支社」を偲ぶ 住友倉庫検査役 松本清
戦時統制より設立された日本倉庫統制株式会社(日倉)が解散して12年となり日倉大阪支社の記録を集約した。港湾運送業等統制令により港湾運送が定義され昭和17年には1港1社の港運会社が活動しだしたのに比べ、倉庫業は立ち遅れ感があったが、18年の交易営団委員会での三木武吉代議士の発言から倉庫業の統制が動きだし19年に倉庫業統制要綱が閣議決定された。(要綱抜粋)同年5月に日倉が発足(本社 東京 支社 6大都市 受命会社54社、供出倉庫坪数65万5千坪(職員3067名)大阪支社は最大支社で事務所は川口町の住友倉庫本店に設置された。空襲被害を避けるため、貨物の疎開にも努力した。戦後解散したが倉庫業の立ち直りが早かったのは日倉による倉庫業界人が同一社員として働いた人間関係、貨物疎開による民生物資の激減防止があった。
 
[39]大阪港の生立ち(5)大阪市史編纂委員 川端直正
1 大阪の衰微
明治元年大阪開港したが川口は大船の出入りに不安不便のため7年の神戸との鉄道開設後は外国貿易は神戸で行われた。2回に渡り大阪開港場廃止の建議書が提出されるほど明治維新により制度が変わり大阪は火が消えたようになった。
2 築港建設への熱望
明治2年後藤象二郎によりヘンリー・ブラントンによる築港計画成就せず。明治5年渡辺昇知事により築港義社が設立、府民有志により320万円が集められファンドール設計による築港計画は最終政府により停止された。そのため藤田伝三郎が個人事業で実施しようとしたが中止となった。明治13年館野郷三知事の際政府技師ヨハネス・デレーケに設計依頼、築港と淀川改修の同時工事を西村土木局長に復命。
3 待望の築港計画の実現
デレーケの設計では395万円余の工費となり中絶することになったが、市民による大阪築港研究会が組織され鴻池善右衛門ほか400余名による建議書が提出され、市会は築港測量費を可決、内務省はデレーケに再度設計させた。明治29年総工費1412万円余で満場一致で市会議決されたが、内務大臣板垣退助が審査させ総経費2249万円余となり政府は468万円の補助とした。その後明治30年国より工事着手許可、10月17日市民歓呼の中、築港起工式が行われた。
 
[42]荷揚代理店業と直渡扱 K・L・M生
港湾運送事業法の一般港運業の荷揚代理店業務(L/A)についての考察
L/Aの4種別と根拠となる荷捌き契約の内容。荷揚げ請負であり、本来の義務以外にも付随的に行なわれている業務もあること。直渡扱いとその手続き、手数料の阪神、横浜港での相違点について
 
「大阪港開港90年記念論文」其の1
[44]大阪港の発展の為に  宮野康治 (伊藤忠商事)
1.海運の重要性 日本は宿命的貿易立国であり、輸出入貨物が円滑に輸送できるがが経済に大きな影響を及ぼす。わが国海運は国際収支改善に貢献すべき重要産業である。
2.港湾としての大阪港 世界物資は主に船舶で運ばれているため、港湾の能力如何で海上輸送と後背地の経済発展を決定づける
 という港湾運送が港湾能力によるという原則が存在する。港湾が優良である条件と大阪港の欠陥と対策。地盤沈下、台風被害、西季節風
 による荷役阻害、都心との距離大など、そのため大阪市は、内港化により上流 に向かって築港、盛土する計画を進めている。
3.大阪経済の発展と大阪港  貨物量からみた大阪港:元来大阪はアジア市場との貿易をその経済発展の基盤としてきた。産業構成の高度化と大阪経済:大阪経済の重点を繊維産業から重化学工業に移すべき、それに南港の埋立地175haを活用すべき。大阪経済の発展なくしては大阪港の発展もない。
4.大阪港の発展のために 定期航路線の誘致と港湾の整備:港湾施設の不備により、外国船の大阪港寄港が認められず、神戸港まで回送し積み出している。航路浚渫を強力に行うべき。 港湾施設の近代化:沖荷役から接岸荷役にするため、接岸荷役設備を拡大整備すべき。 荷役作業の機械化:約5割がいまだ艀と人力荷役を行っている。コスト引き下げと合理化のためにも機械化を進めるべき。港湾労働の近代化:港湾作業の波動性が経営側、労働側に近代化を阻んでいる。企業規模の零細性:港湾運送事業の企業零細性の原因 浮浪的労働力の存在と社会問題。封建的労働関係の精算の必要性 月末集中配線の解決:月末の配船が集中する理由と弊害、その対策 貿易管理と通関事務の簡素化 大阪環状線の完成。
結び:大阪港は港の内外における諸施設の完備とその近代化、さらにはその能率化を不断に研究し諸施策を総合的に進めなくてはならない。大阪港の経済効率をたかめ、多数の大型船舶を誘致し日本経済に貢献すべき
 
[52]港湾統計 大阪市港湾局
昭和32年6月まで入港船舶 出入貨物 外航船舶国籍別 大阪港輸移出入貨物品目種別状況 5大港構成比較
[55]税関統計 大阪税関
昭和32年11月まで 輸出入額、トン数  全国主要港貿易額調 運送方法別輸出入価格
[58]倉庫統計(事務局)
大阪市内営業倉庫入出庫及残高 昭和28年~31年 32年上半期まで  全国、大阪市、在版五社(三井、三菱、澁澤、杉村、住友)
大阪地区造船所新造船状況 近畿造船協議会
昭和32年9月~11月 進水船 竣工船 同年4月~6月 修繕船状況
大阪港振興協会役員名簿
 
 
 
 
 

大阪港 no.037 1957年10月(昭和32年)第08巻 第4号

 大阪港開港90年記念特輯
[掲載ページ] 目次詳細・要旨 
[01]開港90年を迎えた大阪港 大阪港振興協会会長 近藤博夫
明治元年7月15日に開港してからちょうど90年になる。この間の大阪市民のどれだけ港を欲し、愛し、育てたかを回顧するとき頭が下がる。自分も昭和4年には港湾部長、昭和22年からは市長として「大阪の復興はまづ港から」と復興工事にあたった。世間からは「永遠に未完成」との批判もあるが、ここで褌をしめ直して大阪港の発展に尽くすべき。
[02]大阪港開港90年を迎えて 大阪市長 中井光次
大阪港は川口町で開港したが、市民による築港義社、築港研究会により築港運動がなされ明治30年市予算の20倍の築港計画の大事業に着手し、36年から利用開始したが、当初、大桟橋は東洋一の魚釣台と揶揄されたが、その後昭和12年には貨物量3000万トンとなり日本の25%を取り扱う国際貿易港となった。その後戦争により、港は焦土となったが復興に取り組み、内港化、懸案の鉄道、道路整備、臨海工業用地のための175万坪の南港埋立を開港90年記念事業としてスタートした。「大阪の繫栄は大阪港から」をモットーに一層努力すべき。
[03]新たな変貌を願う 大阪商工会議所会頭  杉道助
大阪港は築かれた港である。築かれつつある港そのものが大阪港の姿である。商工会議所も大阪港開港時の運上所も五代友厚により創設された関係にある。当時開港場の堺、良港 兵庫があった中で、開港場として一大港湾にしようとした五代の英断があったればこそで、永久に記憶されるべき戦後の港勢の回復は、大阪経済の振興が最大要因である。そのための事業が進められている。一方で、産業と港湾は一体であり、現在日本の経済構造上の大阪の地位は変化しており、結果、大阪港の立場も変化している。冷静に現実の動きを判断して、新たな発展を画するべきだ。
[05]開港90年を迎えて 日立造船社長 松原與三松
復興計画も65%の進捗で未完成工事を残している。一方足場の悪さは鉄道、道路網の建設で解決される。近代港湾として大阪港のあり方は、戦前の夢を追うことなく、工業港になるべき、世界では、船舶の大型化、高速化に対応した港整備が必要。神戸港とは相互補完てき共存分業が望ましい。市民の港と言われるが啓蒙宣伝が不足している。市民の理解と協力を得られるようにすべき。
[06]大阪港の繫栄は大大阪都の建立によりて 関西汽船社長 平井好一
大阪港のヒンターランドを近畿圏1000万人に達するが、戦災、災害による機能低下で神戸、名古屋港が活躍した。特に地盤沈下で橋梁と水面の間隔が縮小して艀輸送が難しく、陸上トラックが増大した。1000万人のうち大阪港復興の財政負担しているのは市民250万人のみ。衛生都市と大阪市の交通阻害もあり物資輸送も円滑でない。東京都は850万人、都区内の交通通信も能率的に機能している。東京は周辺部まで都の税収となっていて大阪市とは甚だしく異なる。大阪市は衛星都市を抱擁して大大阪都にして府・市を一元化することで再建が促進され繁栄が期待される。
大阪地区新造船ニュース(1) 栄春丸(名村造船) Antzouletta (日立造船)
[08]大阪港開港90年を迎えて 住友倉庫社長 美野順二郎
大阪港の歴史は、そのまま住友倉庫の歴史であり、また商都大阪の歴史でもある。明治元年開港からの大阪港の歩みと戦後の復興を回顧し、大阪市民への敬意と港を造り育んできた人々への感謝を示し、大大阪港を再現したいと思う。
[09]大阪港と大阪商船株式会社ー開港90年記念に際して ー 大阪商船社長 伊藤武雄
大阪商船のその発祥(明治17年)の経緯から日清日露戦争以降、欧州大戦前後、太平洋戦争以後、民営還元以後現在までの同社の船舶数、定期航路の変遷と大阪港との関係についての詳細な記述
主な表 OSK大阪港寄港定期航路名(昭和12年末調査)当社運航船舶大阪港出入推移
 
[14]終端港としての大阪、その性能の推移 山本五郎
終端港(ターミナルポート)、港湾都市の定義と分類、大阪港が終端港であり大阪が港湾都市として発展してきた歴史性を記述。そして現在終端港としての地位が散漫になったのは日本経済、交通交易、運輸の著しい発展によるものである。大阪港の繁栄を維持するため港湾人は能力を尽くし努力すべき。特に筆者願望として、将来 港湾公社の設立(独立の権能と独自の財政機構をもつ)の設置を提唱する。
[17]大阪港開港90年記念行事、事業の実施について 事務局
大阪港開港90年記念事業として7月15日~8月まで実施した行事の報告(写真付)および全体の記念行事の実施計画(昭和32年)の詳細表
[20]物価の動向と貿易 小泉計太郎
国際収支の改善のための金融引き締めがなされているが、物価の引き下げ政策は表面化していないしかし、輸出増加、輸入抑制のためには国内物価の引き下げが必要。そのため年初からの物価の変動状況や貿易の現状を報告している。 主な表:週間卸物価指数  製品在庫指数 主要製品価格の国際比較
[22]最近の輸送情勢と今後の問題 藤井敬一郎
経済の過熱を受けた金融引き締め政策により、国鉄輸送力の逼迫は解消され、緩和するための内港海運への移転措置の必要が霧散した。一方、世界経済では、各国は外貨不足に悩んでいる中、日本の国際収支は改善したが、より一層輸出振興をはかる必要ある。
[24]国際海上物品運送法の制定とそれが港湾経済に及ぼす影響につて
関西学院大学商学部・近畿大学法学部講師  有田喜十郎
船荷証券統一条約に日本が批准したことで、今までの海商法の特別法としての国際海上物品運送法が昭和32年に制定公布されたので、その内容について、帆船運送による不定期航海時代につくられた海商法との比較、相違点および港に於ける業務(集荷、受取、運搬、船積、積付、荷揚、艀取り、陸揚げ、荷捌、保管、通関、引渡、配達等)にどのような影響をおよぼすかについて考察した。
付録)国際海上物品運送法
 
[33]船舶の発達と港湾 日立造船営業調査課
船舶の発達とそれに伴う港湾の問題点について記載。貨物船の大型化と吃水が戦時標準船で8.4m、その後のマリナー型貨物船で8~9m必要となり特に溶接構造の船底となり港での十分な注意が必要となる。スピーディな港、十分な水路、水域、係留施設、荷役関係者が組織化され、荷役機械が十分備わり背後地域との貨物輸送の便利な港が求められている。新たな船型への対応、パレットの利用、コンテナの利用フェリーボートによる輸送、石炭船、鉱石専用船、石油タンカーの超大型化への対応など、船と港の密接な対応が望まれる。-主にHANZA、FIRPLAY、及び全米石油協議会発表の報告書によるー
 
大阪地区造船ニュース(2)
鉄昌丸(佐野安造船所) Calli(藤永田造船所) 春明丸(大阪造船所)
 
[39]大阪市倉庫業の90年 住友倉庫検査役 松本清
倉庫業の沿革の概略を中島時雄編集の「日本倉庫業史1941年」を参考に新たな資料を加え整理している。大阪港開港時の倉庫の状況、蔵屋敷から大阪府への移譲と民間払下げ、「蔵持」の出現と合本主義により大阪倉庫会社設立(1883年)この間の大阪港における倉庫会社の設立の経過一覧整理またその後、新商法成立から1941年までの倉庫業の動きの一覧整理。戦時中統制により港運業が3社に集約され、倉庫は日本倉庫統制会社大阪支社に集約された。戦災で57%を失い終戦を迎える。現在90数社16万2千坪保管貨物残高450億円に回復、特に、大阪で保管料の共同計算制の実施、高潮約款の導入、浮函式工法での倉庫建築の実施など倉庫業界に大きな足跡を残した。
[43]大阪港の生立ち(4)大阪市史編纂委員 川端直正
天保山:安治川の御救大浚と目印山としての天保山の形成、明治元年の天皇行幸と初の観艦式
黒船の来港とジャナ号の騒ぎ:黒船、ロシアのジャナ号の天保山沖出現への幕府の対応
ハリス大阪開港をせまる:日米修好通商条約に加え江戸・大阪両都の開市の約束と5年延期と兵庫開港に至る経過
外国人待望の大阪港開港:開市を慶応3年12月7日と決定と明治政府の成立と川口運上所の設置、川口居留地の競売
大阪開港と川口: 川口居留地と松島遊郭、五代才助による船舶碇泊場の建設、大船舶出入り困難となり外国船の兵庫港への移転
 
[46]国際海上物品運送法と港運 K・L・M生
国際海上物品運送法が国際条約批准のため成立したが、その意味合いはB/Lの規定上海商法にはなかった受取船荷証券が位置付けられことが大きい。その結果、邦船勢力が進出しやすくなり港運の仕事がスムーズになること、受取B/Lは入船の先駆けとしての上屋の位置づけを明確にし運営者たる港運に大きな責任を与える。これにより港運業者の法的責任が明確になり立場が保護されるなど港運にとって法律制定の意義は大きい。
 
[48]港湾統計 大阪市港湾局
昭和32年3月まで入港船舶 出入貨物 外航船舶国籍別 大阪港輸移出入貨物品目種別状況 5大港構成比較
[51]税関統計 大阪税関
昭和32年7月まで 輸出入額、トン数  全国主要港貿易額調 運送方法別輸出入価格
[54]倉庫統計(事務局)
大阪市内営業倉庫入出庫及残高 昭和28年~31年 32年3月まで  全国、大阪市、在版五社(三井、三菱、澁澤、杉村、住友)
[55]大阪地区造船所新造船状況 近畿造船協議会
昭和32年6月~8月 進水船 竣工船 同年4月~6月 修繕船状況
[56]昭和32年度事業計画要綱 (事務局)
大阪港港湾諸料率表の発行について  
        
 
 
 
 

大阪港 no.036 1957年07月(昭和32年)第08巻 第3号

[掲載ページ] 目次詳細・要旨 
[01]設立10年の跡を顧みて 大阪港振興協会会長 近藤博夫
戦後内港化の大工事に着手して10年、協会と市長一体となって復興に取り組んだ。特に協会活動を通じて、①大阪港の理解、支援の空気づくりをおこなったこと 。②陸上交通問題に取り組み環状線、臨港線の東海道線直結の目途がつき近代港湾としての欠陥を除く努力したことが特にあげれる。
[02]協会創立10周年を迎えて 大阪市長 中井光次
「大阪の復興は港から」の信念のもと大阪港振興のため、市民運動の前衛として協会が発足して10年、近藤会長と表裏一体となって活動してきた。修築事業の早期完成、臨海工業地域の造成計画策定に努めている。協会設立10周年、大阪港開港90年にあたり秋には多彩な行事を企画している
[03]大阪港の変貌とその姿態 山本五郎
港湾は生き物である。生存競争もあり、港湾都市の風貌、風格をつくりだす。大阪港の姿の変遷を列挙する。振興協会の設立とその活動、戦後回復が遅れたこと、艀の港から陸上貨物運搬への変化輸送車両の大型化が産業と港との距離の遠近の価値観を変貌。瀬戸内海の諸港の母港から変貌した、大阪の市場と大阪港の関係の緊密性は薄くなったこと。大阪付近の港湾都市との関係で大阪港の埠頭の重要性が軽くなった。特に戦前の軍港、商港としての大躍進したことに慢心し、戦後経済の大変革についていけなかった港湾人。
 
[05]大阪港90年の歩み 大阪港史編集委員会編
大阪開港から築港開始と利用、天災、生まれ変わるミナトについて写真資料等により表示
 
[11]大阪臨海工業地域造成事業について 港湾局技術部計画課
 重化学工業などの輸出産業振興し経済拡大、国際収支改善、雇用増大、国民所得の成長が日本の目標で、そのため、大阪港南港に近代的な諸工業を誘致育成するため埋立てる。同時に港の水深増大、泊地の静穏化、高潮防御にも効果ある。200万坪水面の内170万坪をOP+5mまで埋立てる。4万トン級の船舶の直接接岸と鉄道は南港臨港線に接続させる。住宅は15万坪 事業費は総面積あたり坪8900円工期7年 高度加工業、下請け産業育成、輸出産業、水運が必要な産業を誘致し27000人の従業者 900億円の生産高を目標とし、市財政面では固定資産税6億、市民税を含め10億以上の税収増効果ある事業。(図)大阪港臨港工業地帯造成計画平面図(表)事業費内訳
 
[12]外貨危機と貿易の動向 住友商事調査部長 小泉計太郎 
昨年後半からの設備投資の急増による輸入増から国際収支の悪化とその対応方策。とられた金融引き締め政策とその効果。輸出伸長の必要性
[15]最近の運賃市況 下落の原因と見通し 大阪商船業務部企画課 
今後の海運市況の見通しについて
・市況の下落 ・軟化の原因(穀物荷動きの減少、新造船の投入と予備船の運航開始(スエズ運河の再開)
・市況の見通し 石炭荷動きの増大(米国炭積出量の増加、将来の石炭需要、長期先物契約への関心
・船腹供給量は荷動量を上回るか
結局世界の景気サイクルと、新造船テンポおよび老朽船の市場後退速度のタイムラグが海運市況のサイクルを決定する。
造船ニュース セミル・エリクソン(大阪造船所) タイスホープ号(藤永田造船所)
 
[25]営業倉庫の活動指数再編 住友倉庫検査役 松本清 
普通営業倉庫について運輸省は「倉庫資料」を公表しているが、倉庫業の産業活動を表すものとしては総合性に乏しい。そこで「取引高」指数を活用して総合化を図った。
大阪地区造船所修繕船工事状況(昭和32年1月~3月)
 
[27]高出力ディーゼル機関についてーディーゼル機関かタービン機関かー 日立造船営業調査課
世界の主要海運国はスーパータンカーの建造に乗り出している。その際高出力推進機関としてタービン機関かディーゼル機関か検討される。
機関の効率化の面でも高出力ディーゼル機関が開発され、その経済性からもタービン機関を次第に駆逐しつつある。国内におけるディーゼル・メーカの開発状況の報告
[31]港湾運送事業法の改正案批判 K・L・M生 
港湾運送事業法が30年に改正されたが、社会党はさらなる改正が必要として要綱を世に問うたその要綱は特に労働者の生活権を守ること、不良事業者を規制することに主眼が置かれ現在の港運業の苦境のシワ寄せは労働者にのみ及んでいるとの考えで作られている。現行の事業者の登録制を免許制に切り替えることで、官権介入の余地を作ろうとするもの、また監督官制度をつくるのであれば、対抗措置も制度化すべき。
また料金規制、下請制の廃止、荷主規正など、要綱は港運業の実態に触れたものではないため、中小企業者からも非難を受けている。
 
港ニュース 新救命艇「青羽」の出現(日本水難救済会大阪支部)
 
[34]大阪港の生い立ち(3)川端直正 
大阪が「天下の台所」「出船千艘・入船千艘」といわれるに至った歴史的背景。瀬戸内海との続いた大阪湾、また河川・運河の発達による利便性がたかかったこと。豊臣から徳川時代へと移り、河川開削が実施され、新地の形成、元禄元年には人口35万人となる。中之島の蔵屋敷の繁栄。河村瑞賢による北前航路の開発、伝法口での廻船業の発達、新田開発(1期~4期)の詳細とその結果河口が市街地と隔たったことなど。
 
[37]港湾統計  大阪市港湾局
昭和31年12月まで入港船舶 出入貨物 外航船舶国籍別 大阪港輸移出入貨物品目種別状況 5大港構成比較
[42]税関統計  大阪税関 
昭和32年5月まで 輸出入額、トン数  全国主要港貿易額調 運送方法別輸出入価格
[45]倉庫統計 (事務局) 
大阪市内営業倉庫入出庫及残高 昭和28年~30年 31年上半期 下半期 全国、大阪市、在版五社(三井、三菱、澁澤、杉村、住友)
[47]大阪港に関する文献目録
造船ニュース ロスボーグ、錦光丸、大豊丸(日立造船)
[49]会報
 
 
 
 
 
 

大阪港 no.035 1957年05月(昭和32年)第08巻 第2号

[掲載ページ] 目次詳細・要旨 
協会の動き (事務局)
・大阪港貿易促進に関する問題について
・大阪港開港90年記念行事事業について/故西村捨三翁銅像再建/大阪港開港90年記念式典、アジア、太平洋港湾関係者懇談会など
[03]大阪港生みの親、西村捨三氏 大阪市港湾局管理課長 顕谷泰三
今年は大阪港開港90年、西村翁50回忌を迎え、大阪港の恩人たる西村翁を紹介する。彦根藩に生まれ、江戸にて塩谷宏陰の門下になり、大久保利通に見いだされ内務省、土木局長、大阪府知事、農商務省次官から北海道炭坑鉄道の経歴を持ち、土木局長時代、デレーケ氏より大阪築港の報告をうけていた。大阪港築港建設運動の先端に立って活躍し、明治30年、初代の築港事務所長に就任した。築港工事の起工以来、犬島丸沈没事件、工事の遅延、セメント事件などの事件を乗り越えるとともに、港以外にも大阪の繁栄に大きく寄与された経過など。
[05]「大阪港開港90年記念論文」募集について (事務局)
大阪港開港90年を記念して大阪港の振興に資する論文を募集
[06]昭和32年大阪港改修工事計画について  大阪市港湾局
内港化を中心とした修築事業は65%完了し50億円相当の工事を残している。昭和32年度の工事予算および各区ごとの工事予定
大阪市港湾局よりのお知らせ 大阪港大尺度区分海図の刊行について
 
[08]南米航路の今昔 大阪商船業務部企画課
1.戦前の南米航路
(1)創設初期における南米航路
 定期航路は、明治38年末の東洋汽船が最初で、移民輸送で大阪商船を運行、その間三角貿易で輸送されていたが、第1次世界大戦後、大正5年大阪商船が定期航路、半年後郵船もサービス開始した。三社間の競争激化した。
(2)第1次世界大戦後の南米航路
大阪商船の航路が、政府命令航路となり補助を受け経営、主導権を握ることに
(3)世界恐慌の深刻化と郵商協調
戦後の海運恐慌となり、郵船と大阪商船が協調して、航路調整をおこなった結果南米航路は大阪商船の独占となった。昭和10年頃より対南米貿易は重要視され、商船は年36航海まで増加したが第2次世界大戦により、16年廃止となった。
2.戦後の南米航路と現状
(1)大阪商船本航路再開前の概況
戦後昭和25年までは南米航路は、ロイヤル社とフロタ社による輸送であった。日亜貿易協定により大同海運が邦船の不定期船の最初となった。
(2)南米航路再開の経緯
大阪商船は南米航路の再開に重点を置き、GHQに働きかけ、フロタ社の代理店を引き受けた。その結果、大阪商船、フロタ、ロイヤルの3社による日本南米定期航路同盟が結成された。大同海運は将来の同盟員加入の優先権を得た。
(3)その後の南米航路の変遷
大阪商船の許可された配船数は年間6航海であったが26年には12航海に増配された。サントス、ブエノスのみ荷揚げ港であったがその後増加したが、荷動き低調のため、定期航路の維持は容易ではなかった。28年日亜通商協定締結されて亜国向け鋼材、日本向け小麦により往復航路が活況となった。
(4)南米航路の現状
南米航路について戦前と、①就航船腹量②船型、速力③寄港地④貨物輸送の現状⑤客船輸送の現状比較。貨物でもに日本船による積取量が半数程度、移民輸送では40%程度と戦前には及ばない。
3.現在南米航路の直面する諸問題
(1)日亜貿易の悪化と荷動量の激減 (2)伯国経済の弱体化と対伯貿易の停滞(3)邦船3社(郵船、三井、大同)の加盟による船舶過剰傾向の顕在化
4.南米航路の将来と対南米貿易の重要性
(1)日本の対南米貿易の地位  戦前は輸出2%輸入3%から現在それぞれ7%、5%と増大
(2)南米における対日貿易の地位 
(3)日本の南米市場への依存度 戦前の軽工業商品から重工業製品の輸出市場に転換
対南米市場の発展は日本経済の発展に必要不可欠である。
 
新造船ニュース(写真) 輸出油槽船 ROSBROG  ; 広会丸 ;JAG LAXMI
 
[19]大阪港の生立ち(2)川端直正
上代から上町台地北端での難波津、江口、西行法師の歌問答、紀貫之の土佐日記での記述。その後の、渡辺津の繁栄と、南北朝時代を経て石山本願寺の形成と石山合戦など
 
[22]機帆船と大阪港 大阪機帆船運送会社監査役総務部長 魚住好一
機帆船事業の課題、例えば船体保険未加入の問題など、これらをその要因から紐解く。全国の機帆船数は2万隻、80万トンで西日本が7割を占める。大阪港は機帆船の出入りでは日本一各河川の両側が機帆船が重なって係留されているほど。それらは工場への原料の輸送、西日本への仕入れ商品輸送、輸入貨物のトランシップなどである。機帆船の稼働率を高めるためにも荷役能力の増強が必要機帆船は大阪港にとって重要な役割を果たすが、荷役場所など港の施設としては十分ではないので、港内に特定の海上輸送のステーションを設けて近代化設備を配置できないだろうか。
 
[24]1956年の世界造船界 日立造船営業調査課
世界の造船業界は5年程度の手持ち工事量がある。労働力と鋼材の確保が問題。この要因は好景気に欧州への米炭輸送増加、石油消費量の増大によるタンカー需要増。スエズの国有化による船舶需要の増加が原因である。特にタンカーの大型化が顕著である。またバルクキャリアーとしての貨物船も大型化が進みだした。戦時中のリバティ型貨物船の代替問題特にアメリカの予備船隊が淡水に保全されているがこれらの代替えまた改装がいかに進むかによって造船需要が影響を受ける。他イギリス、アメリカの造船業の状況が報告されている。
 
[28]ミシシッピ河の艀船運行 住友倉庫検査役 松本清・・・28
米国ニューオリンズ港委員会の機関誌1956年12月号より艀活用についての米国ミシシッピ河と流域の運河で状況。艀船の船型の工夫、臨水地帯の新たな工場への原材料輸送のための艀船の革新的変化など
 
[32]1956年運賃市況の年間展望(その2)大阪商船業務部企画課
・定期用船市況・中古選売買市況・スエズ運河の閉鎖と4月での再開・石油不足に悩む西欧諸国・石油パイプラインの状況・売国予備船の解除と民間船社への売却・市況の今後の見通しについて
 
[40]故沖野忠雄博士の追憶と大阪築港(附 神戸港の巻)元内務省大阪土木出張所所長工学博士 高西敬義
沖野忠雄氏の業績について、淀川改修、大阪築港についての歴史的経過の詳細、特にデレーケ案からの変更について調査委員会(沖野、古市、石黒他)の果たした役割について。付録として、沖野博士と神戸築港についての関りと、その人となりについて。
 
[45]英国の港湾雑録 K・L・M生 
戦前、港政については、英国ロンドン港庁に多くを学んだが、戦後の占領軍もその知識と歴史はロンドン港に学んだものであり、今回「英国年鑑」からロンドン港庁の成立過程について、ローマ時代からのロンドンの歴史を概括し、ポートオーソリティの形成がニューヨーク・ニュージャジPAにつながったことや、英国内での港湾の状況、港湾労働者問題についての記載。
 
新造船ニュース 民星丸 第七大源丸 駆潜艇カリ
 
[49]港湾統計 大阪市港湾局
昭和31年11月まで入港船舶 出入貨物 外航船舶国籍別 大阪港輸移出入貨物品目種別状況 5大港構成比較
[53]税関統計 大阪税関  
昭和31年11月まで  輸出入額、トン数 全国主要港貿易額調 運送方法別輸出入価格
[56]倉庫統計 事務局 
大阪市内営業倉庫入出庫及残高 昭和24年~30年 31年上半期 7月~9月 上半期
全国、大阪市、在版五社(三井、三菱、澁澤、杉村、住友)
[57]大阪地区造船所新造船、修繕状況  近畿造船協議会
昭和32年1月~2月 進水船 竣工船 修繕船工事状況
[58]会報
 
   
 
 
 

大阪港 no.034 1957年02月(昭和32年)第08巻 第1号

[掲載ページ] 目次詳細・要旨 
[01]新年に際して大阪港に寄す 大阪市長 中井光次
昨年の港勢は戦後最高を記録し、本32年は大阪港の開発発展の一大飛躍を遂げる年にしたい。開港90年目となり、記念事業を実施する。修築事業の早期完成、臨海工業地区の造成など産業発展の要請にこたえていく。市民の港としての啓蒙をして振興発展させる。
 
[02]転機に立った大阪港 大阪商工会議所会頭 杉道助
大阪港の足場の悪さは、大阪環状線や高速鉄道4号線、尼崎平野線などの鉄道、道路により徐々に解決されつつある。また南港町200万坪の埋立計画も進んでいる。大阪港の将来を考えると満韓支を相手として栄えた戦前とは異なり、現在は、背後地産業の支持を失い、産業の質的変化により「復興」から「進展」にむけた将来計画を策定すべき転機にある。戦災と災害復旧の間に、諸港の伸びは驚異的で、大阪港の伸び率は5大港でも低い。臨港地帯の造成、背後地産業との直結手段の確立を急ぐべきである。
 
[04]大阪港と関西経済圏発展のために 関西経済連合会会長 太田垣士郎
大阪港の港勢は好転しつつあるが、戦前ピークの50%全国の7~8%程度である。関西経済圏は日本経済の心臓であり一大経済勢力である。神戸と大阪が2大玄関として発展対策が急務である。交通アクセス改善、防災対策、艀荷役費の増高、船舶の大型化への対応など課題は山積しているが、開港90年目を迎え大阪港の発展の年となることを祈る。
 
[05]大阪港に寄せて 大阪税関長 渡辺誠
大阪港の歴史は日本の歴史と共に始まった。神戸港は天然の良港であるが、大阪港は自然の悪条件を克服した人工港で大阪人の築いた港でその商魂と堅忍を示す。2つの港は競争的立場に立つのではなく共存的分業により港の特色を発揮することが望ましい。大阪港がロンドン、NYのごとく河と海を通ずる河港化が成就することを待望する。
 
[06]大阪港の躍進を望む 近畿海運局長 奥田等
大阪港開港90年目にあたり大阪港躍進のよき年としたい。他の重要港湾都市に比して回復上昇率が低い。当面する課題として①内港の整備促進②船舶の大型化に対応した港内浚渫③海陸輸送連結の合理化④臨港産業道路の整備⑤臨海工業地帯の造成⑥港頭地区都市計画の促進、さらに港湾諸サービス業務の改善と近代化を忘れてはならない。
 
[07]開港90年を迎えて 大阪貿易協会会長 小菅宇一郎
大阪港は「屯量入超、価格出超」の典型的貨物港であった。修築10ヵ年計画や南港開発が実現すれば北港、南港、河港をもつ港になる。
鉄道環状線が整備されれば名実ともに大大阪港が現出する。貿易立国を国是とする日本において、大阪港の責務は重い、また雑誌「大阪港」も8年を迎え、その前途も大阪港とともに期待するところ大である。
 
[08]昭和32年の大阪港の展望 大阪商船社長 伊藤武雄 
昨年は世界的好景気で「もはや戦後ではない」と言われた。昨年の大阪港の貿易額は、輸出入額で戦後の最大を記録した、しかし戦前の最高と比較すると40%程度で他の主要港に劣る。船舶も神戸、横浜の50%程度にとどまる。原因は対支、満貿易の沈滞、繊維産業の不振、外国貿易港湾機能の劣悪性による。修築計画の実現により港の復興に努力を傾注すべき。神戸、大阪を中心とする総合的な経済振興策を考慮すべき。大阪港も従来の貨物中継港から工業貨物港へと脱皮して、不撓不屈で大大阪港をめざすべき。
 
港のニュース 港湾病院の新築(大阪港湾作業援護協会)
 
[10]昭和32年の大阪港 日立造船社長 松原與三松 
修築十ヵ年計画の完成への道は遠く前途多難である。経済の拡大による、全国港湾整備の急務の中工事が遅れているのは、市営港であるが故の資金不足にあり、国関係の理解協力が必要。官民一体で振興発展を目指すべき。
 
[11]大阪港の再建を急げ 関西汽船社長 平井好一
今年は開港90年目築港工事から60周年となる。40年前の大阪港の状況と関東大震災で大阪が利用され発展したこと、空襲、大水害による大打撃で元に戻ったこと。日本の産業構造の変化、神戸、名古屋港の活躍、トラック便の発達で大阪港はメインルートから外れてしまうのではないかと懸念する。そうならないためにも、はやく将来の基本計画を立てて来るべき時代に活躍できるようにすべき。
 
造船界のニュース その1 12月20日木津川で半時間に3隻のトリプル進水
 
[13]昭和32年の「大阪港」に寄す 大阪倉庫協会会長 住友倉庫社長 美野順二郎
国連加盟を果たし、好況となっており、輸送力増強、道路・港湾整備が重点政策となっている。大阪港は復興10ヵ年計画もまだ第1期65%の完成をみたに過ぎない。大阪港を中共貿易の積出中心港とし東南アジア方面への輸出貨物の大阪港積を習慣づければ、太平洋、大西洋航路同盟問題も解決する。商都大阪は良港と直結したことによる。大阪港の啓蒙宣伝にも「港まつり」を天神祭と同様市民の祭にしていきたい。
 
[14]桐の葉港句会 藪入りの子の帰りきし艀船 他 髙野素十選
 
[15]最近の協会の動き(事務局)
・大阪港復興工事促進運動について
・第2阪神国道の建設促進並びに阪神国際空港設置(伊丹)に関する要請運動について
・大阪港貿易促進に関する動きについて
 
[20]海陸輸送の再調整 関西汽船 庶務課長 藤井敬一郎
昨年来の神武以来の好景気により、国鉄の輸送能力の逼迫の解決は、海陸輸送の再調整という国内輸送の根本問題まで触れて真剣に取り組むべき。米国、西欧の好景気、日本の豊作により「最早戦後ではない」状況になり、国鉄の輸送能力を越え輸送要請の伸びが予想外に多くなった。国鉄自体の輸送力増強も必要だがオーバーフロー貨物をトラック、海上輸送へ転換すべき。戦時中、海上輸送から陸送に転移してそのままになっていることが問題であり、海陸共存共栄の輸送体系の再調整が必要を図る好機である。そうすることで「交通が経済を支配する」ことにもなるのではないか。
 
[24]最近の大型タンカーの観察 日立造船営業調査課
(フェアプレイ紙 1957年1月10日号より)
大型タンカーの歴史、近年大型化が進み6万重量トン級になっている。とくにスエズ紛争により大型化に拍車がかかった。経済性からも必然である。石油生産とタンカー需要については現在発注中のタンカー船腹を十分消化できる。タンカーの大型化は輸送コストを減少させる。特にスエズの問題から加速度的に促進されたタンカーの大型化とその際の船の寸法比の変動についての考察
 
造船界ニュース その2 貨物船 めるぼるん丸(名村造船) 輸出油槽船(日立造船)の写真
 
[28]1956年運賃市況の年間展望 その1 大阪商船業務部企画課
スエズ運河のエジプト国有化から英仏による船舶徴用、ケープタウン経由などにより船舶需要が逼迫し不定期船の運賃レートに急激な値上がりをもたらした。また、太平洋横断の石炭レート、欧州での不作による北米からの穀物輸送による船舶需要の増大により運賃は堅調であった。
 
[38]大阪港史の編纂について 関係各位のご協力を乞う!! 大阪市港湾局
昭和32年は開港90年、築港60周年にあたり、港湾局では大阪港史を編纂することとした。局内に編集委員会を設け資料収集しているが、風水害、戦災により貴重な資料は散逸滅失している状況であり、文献、写真等の協力を依頼する。
 
[37]倉庫統計と時価 住友倉庫検査役 松本清
倉庫営業活動を示すのは、入庫高、出庫高、月末現代高のトン量、金額である。これらの数字は時価の変動、役務の価格変動を考慮する必要があり、それらの指数間の関係を整理した。
 
[39]水陸連絡輸送の一案 (2)根来実男
総合輸送の面からは貨物自動車は必須であり、これを船舶業が利益に重点をおいて運用しようとしたが失敗に終わっている。これは、貨物自動車の代用道路としての水上利用の観点がないためである。アメリカにおける不成功事例の紹介と分析、結果自動車運送業や総合輸送についての知識不足と理解がたりていないことなど。ライト氏の論文の要点を抄訳したもの。
 
[41]大阪港の生立ち(1)川端直正
開港より現在までの大阪港の成り立ちを概括し、90周年にあたって、港湾史編纂となったこと大阪の地形、難波津、墨之江津から渡辺津、窪津と澪標の由来について。
 
[43]船内荷役業の姿と質 KLM生 
船内荷役「ステベ」の語源の由来と、日本における海運業の発展に伴う、労務者を表す場合と荷積代理店業を意味することになった経過。船内荷役業の外貨手取り100%であり産業価値の高いものと認識すべきこと、また労働市場の振興としても阪神港で日々6000人近い労働者需要を満たしている。港湾運送事業法上の船内荷役位置づけと船内荷役の割合〈30%程度)により、港が艀船港と接岸港に分類できることなど。
 
[45]港湾統計 大阪市港湾局
昭和31年8月まで入港船舶 出入貨物 外航船舶国籍別 大阪港輸移出入貨物品目種別状況 5大港構成比較
[50]港湾統計 大阪税関
昭和31年12月まで 輸出入額、トン数  全国主要港貿易額調 運送方法別輸出入価格
[52]倉庫統計 (事務局)
大阪市内営業倉庫入出庫及残高 昭和24年~30年 31年1月~6月 上半期 全国、大阪市、在版五社(三井、三菱、澁澤、杉村、住友)
[54]大阪地区造船所新造船建造状況 近畿造船協議会
昭和31年11月~12月 進水船 竣工船 修繕船工事状況
[55]会報
 
 
 
 
 
 

大阪港 no.033 1956年12月(昭和31年)第07巻 第5号

[掲載ページ] 目次詳細・要旨 
[01]天皇皇后両陛下大阪港御視察 事務局
10月31日、天皇皇后両陛下による大阪港及び防潮堤視察が行われた。北港貯炭場より大阪市御崎丸乗船住友倉庫川口岸壁に上陸。中井大阪市長、堀助役、赤間府知事他参加した。(ご乗船の写真あり)
 
[03]最近の協会の動き 事務局
・名神間高速道路計画並びに第2阪神国道建設促進の問題と大阪港交通対策委員会の動きについて
・大阪港貿易促進委員会の動きについて
 
[09]世界商船隊の明るい見通し 日立造船営業調査課 
世界的な工業化や生活水準の向上により、石炭と石油が海運界のブームを継続させている。世界の今後の景気動向と船腹量の増大、特にタンカー船腹についての今後の見透しについて解説(マリーン・エンジニアリング8月31日号より)
 
[13]倉庫保管料率の改正 住友倉庫検査役 松本清
新倉庫法(昭和31年6月)の施行により、倉庫保管料率が改訂されることになった。料率改定の根拠とその問題点を、倉庫業開業の許可制となったため、公共性の観点から整理したもの。
 
[16]欧米市場にみられる日本趣味の流行 海外貿易振興会調査課長 西田彰
アメリカでの日本趣味の流行は、最初は進駐軍が日本の風俗を持ち帰ったことからはじまったが、現在は高尚な商品になってきている。
これはアメリカでの中産階級の増大とその需要が増加したことによる。またヨーロッパにも日本ブームが飛び火しているが日本そのものがまだ知られていない。特に日本風として簡素な味わいが商品に要求され、ヨーロッパが「品質の市場」であることを認識して、日本製品に対する戦前の安ものの偏見を払拭する必要がある。そのためにも日本人自身が新しい近代的感覚に生かされた日本趣味をもてるように高尚になるべきだ。重工業品輸出に向かっているが、日本趣味の流行にのった中小企業による雑貨輸出品は日本貿易にとって大切な問題である。
[29]石炭輸送から見た海運市況の分析  大阪商船営業部遠洋第2課長 宮本清四郎
不定期船運賃は堅調に推移し、定期船航路の復調、タンカー市況の爆発的上昇となっている。これは、西欧向けの米国の石炭輸出の増大によるものであるため石炭輸送の面から海運市況を分析した。欧州における石炭需要は急増しているが、英国をはじめとした欧州での石炭生産量は低調となっている。その差を米国炭の輸入で補う形になっている。船運賃とこの石炭輸送量には強い相関がみられ、定式化を試みた。
結果、西欧向け石炭輸送が300万トン増加すれば、運賃指数は8~10%上昇する。また新造船船腹増加量との関係では年間140万トン増加することを考えると、継続的に石炭取引が発展するかが鍵となる。総合すると短期的には、運賃市況は堅調で、長期的には欧州の産業活動が今後維持発展するかにかかっている。これらを反映して、石炭の高運賃、長期契約が旺盛となっている。
 
[31]ミナトの手配師  K ・L・M生 
港湾労務者の手配師が新聞で取り上げられ注目されている。これにより港湾労務者の実態が明らかになることは決して不利益なことではなく、港運業の正しい発展に寄与する。港湾労働者の問題は海運業の問題でもあり、貿易業の問題でもある。手配師は好ましいものではないが、港湾労務の需給不均衡により発生する。港湾労務需要量は極めて不安定であることと職業安定所の機能の不活発が問題となっている。
こうした点を産経新聞が報じた(昭和32年10月27日付)大阪市内での港湾荷役の飯場は50カ所。船内雑貨5社の直傭者は460名なので50班程度にしかならず30~40班は飯場労務者となる。神戸港ではピーク時は50班ほどとなっている。手配師は、荷役会社からの支払金の利鞘、紹介手数料名目の収入、食費の利得があるとのこと。戦前では、全国を、神戸の鶴井組、横浜の酒井組と藤原組で支配され、仁義関係で成り立っていたが、戦後の手配師はドライな関係となっている。このような、手配師問題への対策として港湾労組の役割と職業安定所の在り方についての筆者の意見
 
[34]水陸連絡輸送の一案 大阪市港湾局振興課長 根来実男
最近の貨物の輸送問題として、国鉄が輸送量を消化できず、海送、自動車輸送への転移を云々されているが、運輸当局に総合的な運輸計画を立て推進してもらいたい。アメリカの運輸雑誌に総合輸送としての水路の利用についての意見が出ていたので要約した。総合輸送(いかなる運搬具でも最も能率的経済的にまた便利に組み合わせて使用して貨物、乗客を移動させること)に注目されている。個々の輸送形式をいかに組織化するかが大切、すでに合衆国郵便は総合輸送をおこなっている。特に水路利用では、トラックトレーラーを用いた河上フェリーがある。混雑する陸上交通に替えて、水上道路(水路)に最新式のトラックトレーラーを低廉な船で走らせようとの計画が紹介されている。
 
[35]港湾統計 大阪市港湾局
昭和31年6月まで入港船舶 出入貨物 外航船舶国籍別 大阪港輸移出入貨物品目種別状況 5大港構成比較
[39]税関統計 大阪税関
昭和31年10月まで  輸出入額、トン数  全国主要港貿易額調 
[42]倉庫統計(事務局)
大阪市内営業倉庫入出庫及残高 昭和24年~30年 31年1月~2月   全国、大阪市、在版五社(三井、三菱、澁澤、杉村、住友)
[43]大阪地区造船所新造船建造状況 近畿造船協議会 
昭和31年9月~10月 進水船 竣工船 修繕船工事状況
[44]会報
 
 
 
 

大阪港 no.032 1956年09月(昭和30年)第07巻 第4号

[掲載ページ] 目次詳細・要旨 
[01]最近の協会の動き (事務局)
・昭和31年度定期総会開催
・昭和31年度大阪港開港記念行事の実施について
・大阪港貿易促進委員会の動きについて
・大阪港交通対策委員会の動きについて
・大阪港海難防止対策委員会の活動について(連絡系統図含む)
 
[06]スエズ運河国有化問題をめぐって 大阪商船業務部企画課長 宮本清四郎
ナセルエジプト大統領による、スエズ運河会社の国有化宣言で、世界貨物の15%が通過する東西貿易の影響について、現段階では通過航行には支障は出ていないものの、英国の予備的軍事行為による民間船舶の徴用とケープ経由による船腹需要への影響が大となること。また、スエズ問題が世界の運賃市況に与えた影響について。
 
[09]今年の港まつり行事のスナップ (事務局)
 ・開港記念式・船員、港湾労働者表彰・船艇行進・前夜祭・港めぐり
 ・のど自慢大会・花火大会・市民ボートレース・たそがれ演奏会
 ・船員慰安演芸大会・花自動車行進他
 
[15]内航海運はよくなったか 関西汽船庶務課長 藤井敬一郎
 世界的景気上昇により、外航海運が好調な状況にあるが、一方内航海運はどうであるか。国内経済の好転により輸送状況は活況を呈し11月には最高を記録した。しかし、内航船舶の過剰は解消されず以前問題を残している。内航船は、日本全体の船隻数で6割、総トン数で2割を占めるが老朽船が大部分である。また他の国鉄、トラック等との陸上輸送との競合などの課題多く、それらに対して低性能船解撤助成や船舶固定資産税の取扱いなど海運政策としてとるべき施策について。
 
[18]静かなる都会は出来るか 日立造船常務取締役 桑原秀夫
都会の騒音を止めることができないか考察した。自動車の警笛、宣伝広告国鉄の過剰な案内放送など。静かな都会は作れる。
 
[19]船内荷役料の改定と大阪港 住友倉庫検査役 松本清
今回、港湾運送事業の諸料金の改定が行われた。特にその内の船内荷役料金について神戸港との比較で考察した。特に待機料について阪神両港で比較すると、神戸港は船会社に有利に、大阪港は港運業界に有利になっている。その原因は、大阪はピークが高いこと速発問題からコストが多くかかるためと考えられる。また、港湾運送業の産業的地位の認識が大阪市において低いことにより、労働者の手配を難しくしている。また大阪には潜在貨物が充満しているにもかかわらず船が来ていない。大阪は配船カルテルに働きかけるべきである。
 
[27]世界における2,3の造船事情 日立造船営業調査課
1956年7月現在の新造船手持ち工事量は、世界で2000万総トンを超え戦後最大となっているが、造船量世界一の英国が相対的に低下している。欧州の鋼材需要の増加により英国では鋼材入手が困難となっている。一方日本は、戦時中の最高に次ぐ記録となっている。それでも英国の鋼材価格は約トンあたり2万円も安く英国有利となっている。
 
[29]大阪港の春節問題と油槽船~将来の大阪港と石油化学工業
外航船の大型化により、大阪港の航路、泊地の浚渫の問題は現実問題として具体的解決策を結論づけ、計画確立、遂行すべきである。また、石油~油槽船~石油化学工業に大阪港としてどう対応するか重大な局面に達している。そこで、石油連盟から、運輸省港湾審議会委員に提出された、「石油港湾整備についての要望書」の要点を記載する。
 
[31]ミナト人はつぶやく K・L・M生
大阪港の外船誘致などの努力が市当局の支持を得ているか一抹の不安がある。特に、市電、市バスなどの港湾アクセスの問題、神戸方面への道路整備が進んでいること、外船誘致について、他港に比べてこまめに活動できていない。市長の誘致使節団を海外派遣すべき、また大阪港のPRをもっと強力にすべき、さらに、港湾局が市の外局然としていて、中途半端なので、首脳機関は中之島、現業は現場に近いところに配置し、経済局、市会との連携を強化すべき。
 
[33]大阪港を中心とした陸上出入貨物物流状況調査について 大阪市港湾局振興課
今回通常の海上出入貨物調査とは別に、運輸省告示により、陸上出入貨物調査に大阪港が指定され、3月一か月の調査を行った。その結果、搬出貨物は海上搬入貨物92万トンの内62%が背後地へ搬出されている。内上屋倉庫の対象にならない石炭等の貨物を除くと61%が上屋倉庫を経由している。それらは60%が自動車、32%が鉄道、8%が艀であった。主に大阪府より64%京都12%あった。搬入貨物は海上搬出貨物25万トンの内42%が背後地からの貨物で上屋経由が56%あった。これらは87%が自動車で運ばれている。おもに大阪府下から80%和歌山4%となっている。輸送方法として自動車が主になり、勢力圏も近畿一円は入るにしても、和歌山、三重、北陸、中国地方に勢力を伸ばす努力が必要。統計資料(1)搬出表(2)搬入表(3)府県別輸送機関別表(4)
 
[36]港湾統計 勢力圏劃定図
[43]税関統計    昭和31年7月まで  輸出入額、トン数  全国主要港貿易額調 
[45]倉庫統計 大阪市内営業倉庫入出庫及残高 昭和24年~30年 31年1月~2月  全国、大阪市、在版五社(三井、三菱、澁澤、杉村、住友)
[46]大阪地区造船所新造船建造状況 昭和31年1月~8月 新推薦 旬高専 修繕船工事状況
[48]会報
 
 
 
 
 

大阪港 no.031 1956年07月(昭和30年)第07巻 第3号

[掲載ページ] 目次詳細・要旨
[01]昭和31年度、事業計画要綱 大阪港振興協会
 協会事業遂行の主目標として未解決案件の解決方策の確立、大阪港復興、発展のための根本問題に関する調査検討、具体的促進への運動展開
   〇 大阪港の貿易振興に関する諸対策の推進
 〇 大阪港復興修築計画残余工事の最短期完成方の促進
 〇 既存港湾諸施設の改良整備の促進
 〇 大阪港臨港交通幹線網の強化促進
 〇 大阪港の海難防止に関する諸対策の推進
 〇 大阪港臨海工業地区の造成、工場誘致に関する調査研究を進めて基本方策の樹立推進を図る。
 〇 大阪港の啓蒙宣伝対策の大々的な確立推進
 〇 その他
[03]昭和31年度、港まつりにあたって 大阪市長 中井光次
 明治元年7月15日に大阪港は開港し、89年に渡り発展してきた市民の港で、戦後の改修10ヵ年計画により復興しつつある。特に大阪環状線が本年度着工され喜びに堪えない。わが国の外国貿易好調、特に東南アジア貿易の増大が期待できる。アジア貿易の中心港として大阪港は希望がある。改修工事の早期完成を願う。市営港として大阪港、7月15日には1週間、港まつりが行われる。大阪港の振興のため、市民と手をたずさえ邁進する。
 
[04]古い夢を追うな 大阪貿易協会会長 小菅宇一郎
「港まつり」によせて日頃、大阪港について考えていることについて書く。関係者で、いまだに昔の対韓・関・支貿易の華やかな当時をわすれることができないようだが、私はどうかと思う。大阪港は戦後当局も施策を実行しているが、昔の隆盛を取り戻すのは難しいと思う。理由として①大阪港の産業圏、ヒンターランドの大阪港への依存度が希薄化してきている。②自然に対する大阪港の立地条件が他港に比べて悪いため。旧態依然の昔の夢を追うのではなく、たとえば、フリーゾーンを設ける貿易自由港など新たな構想で大阪港を育てるのも一方法ではないか。
 
[05]昭和30年、大阪港港勢について 大阪市港湾局
昭和30年は経済の好景気、日中貿易の拡大などにより、大阪港は貨物1300万トン、入港船63000隻、2000万総トンとなり、戦後最高を更新した。しかし戦前の最盛期の貨物量で41%である。戦後昭和28年に日本一にカムバックしたが、30年は横浜港となった。大阪港取扱い主要品目、石炭、鉄、重油、雑品の動向について報告
 
[07]昭和30年の倉庫貨物 住友倉庫検査役 松本清
倉庫貨物は全国で5年で18%伸びた、特に食料品が多く占めている。一方倉庫保管料収入は値引き競争等もあり10%程度減収となっている。8大都市で比較すると大阪市は振るわなかった。繊維が多く、食料品も小麦より白米が多いなど特色ある。景気変動と、倉庫業の業績との時差について理論的な研究がまだなされていない。
 
[10]造船界の現状と諸問題 日立造船営業調査課 
現在の日本の造船の手持ち工事量は400万総トンあり、3年有余分ある。世界的にも2000万総トンに達する状況で、日本はイギリスの次で2位となった。日本造船の強みは、企業の合理化によるコスト削減による競争力強化、確定船価契約、納期が比較的短い、大型船建造船台が多いなど。今後は大型タンカー船腹需要が高まる。鋼材価格の値上がり、計画造船から、自由造船、利子補給、財政資金の廃止の動きなど不安要因もあり、次期13次計画造船をどうするか。内船の造船比率を50%程度まで高めることが海運強化につながる。
 
[15]ラスト・ポートの議 大阪貿易協会専務理事 浜野恭平
会議だけして、実行が伴わないことが多いが、藤原銀次郎翁はうまく会議を実現に向け進行していた。役所の仕事と民間の仕事の仕方は大きく価値観違い、民間相手の港湾経営はそういった面でも難しい。阪神貿易港の議論でも、一体論や、分業論など議多くして実効性のあるものにはないっていない。そこで、月末ラッシュする神戸港の対策として、ある航路について大阪港をラストポートにしてはどうであろうか、手短で実現できるのではないか。
 
[17]自制と叡智 日本貿易協会大阪本部参事 小林忠一
叡智とそれに基づく自制力は神が人類に与えられた最大の恩恵であると思われる。今日の世界経済においてもこの自制と叡智がなければ、繁栄はありえない。米国におけるインフレ対策を含む金融政策をめぐる議論の詳細、西ドイツ、英国しかり。一方でわが国の状況は問題山積しているが、オーソドックスに自制と叡智をもってあたるしかない。欧米社会のチームワークを学んで貿易の舵をとっていかなければならない。
 
造船業界ニュース 造船ブーム4月以降の進水、進水予定船舶一覧
 
[21]欧州航路ところどころ 大阪商船船長 本郷寿茂
29年の春 あんです丸による欧州航路での出来事
1、春雨の「コンスタンチノーブル」 2、「アキレス」の墓 3、カディス港 4、ロンドンの春 5、アントワープ
[24]艀船運営の一斑  K・L・M生
艀船の定義、種類を明確にして、いかに経済的に不利な状況にあるかを1000トンの艀を新造するとしてシュミレーションした結果、取得原価の回収のためには積載率を75%とすることが艀船運送業の採算点となる。艀船運営の問題点を港湾の消長、船体保険、国内水路の不足、艀船独航力の付与について論説 
 
港ニュース 新消防艇「明光丸」の出現
 
[27]倉庫業法の改正について T・T 生
今回の倉庫業法の改正にあたって、倉庫業法とはなんなのか、今回の改正の主眼は何かについて解説。昭和10年制定の倉庫業法は倉庫証券法に過ぎななかったが許可営業となっていた。戦後倉庫の質の劣化に対応するため、届出義務、営業開始の許可制度が導入され、行政監督が強化された。
 
港ニュース せれべす丸盤谷航路に就航
 
[29]1956年日本国際見本市を顧みて 日本国際見本市委員会事務局 
1956年の日本国際見本市の成果報告。大阪、東京、と続いての大阪での見本市であったが、来場者数、引き合い件数、成約金額をみても成功であった。特に日本の工作機械が2年で世界水準に近づいた。見本市のアンケート結果の集約恒久的な会場施設の要望について
 
[31]今年の港まつり週間行事いろいろ
31年度の港まつりは7月15日(開港記念日)から20日(海の記念日)まで実施された内容、一覧表
 
[32]安治川の変遷 故小野圭史遺稿
小野圭史の遺稿が発見され、今回掲載。河村瑞賢のことなど
 
[33]港湾統計
昭和30年12月まで入港船舶 出入貨物 外航船舶国籍別 大阪港輸移出入貨物品目種別状況 5大港構成比較
[39]税関統計
昭和31年5月まで  輸出入額、トン数  全国主要港貿易額調 
[41]昭和30年度における協会の活動概況の報告
・大阪港復興工事促進の運動・大阪港貿易促進に関する諸対策推進・既存港湾施設の改良整備・陸上交通感染網の強化・海難防止対策の推進など (添付)台風情報連絡系統図
[55]会報
 
 
 
 
 
 
 

大阪港 no.030 1956年05月(昭和30年)第07巻 第2号

[掲載ページ] 目次詳細・要旨
[01]最近の協会の動き 事務局
・安治川内港臨港線の竣功と開業式の挙行について・大阪環状線並びに浪速臨港貨物線の起工式挙行について・大阪港内及河川筋の浚渫促進の運動について・大阪港貿易促進に関する運動について・大阪港交通問題諸対策に関する動きについて
 
[08]昭和31年度大阪港改修工事計画について 大阪市港湾局
 大阪港改修事業について、防潮堤工事は略完成した。この間77億円を投じたが、残り60億円を早期に実施する。今年度事業費額を計上、11億6千万円内国費4億となっている。これらの予定されている工事の各区ごとの計画を記載
 
〇本誌の編集指導もしてもらっているOSK企画課長の宮本清四郎氏著の「海運同盟」という本が出版告示。
 
[10]原子力商船への期待  大阪商船業務部企画課長 宮本清四郎
原子力の平和利用が進んできている。船舶、航空機の動力として有望で各国開発に力を入れている。原子力商船を考えるにあたって原子力の解説(原子力、原子炉、原子力船)マドックス教授の「原子力商船に関する経済的考察」よりの引用と原子力船に関する各国の概況解説。
[19]艀船運用効率の考え方 K・L・M生
艀船運送での運賃の上下の原因を理論的に明らかにする試みについて艀の運用効率を調べるためには、自家艀と借艀に分けること、平均航海数を算出また傭船は期間傭船か航海傭船かによって算定方法が異なる。
 
[23]ニアルコス物語 (Oil Forum より)日立造船営業調査課
世界のタンカーの3%がニアルコスグループに所属している。世界最大の独立船隊となっている。38隻のタンカー130万重量トン以上となっている。このようなタンカー船隊の戦前、戦後を通じた発展過程、ニアルコス氏(英国生まれのギリシャ人 46歳)の経歴等を紹介している。
 
[28]加州、羅府、羅港  住友倉庫検査役 松本清
ロサンジェルス・タイムズ 創刊70周年記念号(昭和31年1月3日)があったので、ロス港、ロス市、カリフォルニア州について要約を記載。ロス港と大阪港は前方地域をもち、地盤沈下も似ている。しかしどちらも市営港ではありながら歴史的発展の状況は大いにことなり、大阪市会は大いに考え直す必要あり。アメリカ大陸発見の経過、カリフォルニア州の成立、ゴールドラッシュによるサンフランシスコ市の発展、ロスとの間の鉄道建設。ロス市の発展経過と港をどこに定めるかでサン・ぺデロ港を持つに至った経緯など
[32]安治川の変遷(その3) 小野圭史
小野圭史氏は安治川の変遷について執筆していたが3月に逝去された。
運上所(税関)のその後、「大阪税関沿革史」によれば慶応3年12月7日 大阪開市により川口運上所を開き外国人に関する事務を行う
慶応4年4月27日 五代才助、陸奥宗光により事務を見させる・・・以降明治2年までの詳細を記載、河村瑞賢を補佐した池山信賢について、明治大帝と安治川(明治元年、5年臨幸あり)大阪府庁の移転新築が本町橋東詰から江之子島に移転、明治7年落成した経緯など居留地の設定について次号に詳説。
 
[36]港湾統計  大阪市港湾局
昭和30年9月まで入港船舶 出入貨物 外航船舶国籍別 大阪港輸移出入貨物品目種別状況 5大港構成比較
[40]税関統計 大阪税関調
昭和31年3月まで 輸出入額、トン数 全国主要港貿易額調 
[42]会報
 
 
 
 

大阪港 no.029 1956年02月(昭和30年)第07巻 第1号

[掲載ページ] 目次詳細・要旨
[01]昭和31年の大阪港への希望 大阪港振興協会会長 近藤博夫
大阪港の復興工事も8年を経た。大阪環状線が3月に着工。今年大阪港は総仕上げに急ピッチで工事を進める。これらで「不便な大阪港」の汚名の返上できる。海外の新しい市場開拓のため、大阪産業貿易の発展に直結する大阪港に努力してもらいたい。
 
[02]昭和31年の大阪港の展望 大阪市長 中井光次
昨年度末で67%完成した復興10ヵ年計画の早期完成に向け推進する。臨海工業地帯問題、外船誘致、貿易伸展のため大阪港の利用度向上をはかる。貿易振興で大阪で二回目の国際見本市を開催する。
 
[03]大阪港開運の年 大阪商工会議所会頭 杉道助
大阪環状線にも目鼻がつき今年着工となった。しかし地元負担が残されている。今後とも努力、犠牲を覚悟しないといけない。高速鉄道4号線の実現のための運動に切り替えるべき。外国船会社に対する宣伝サービス活動が十分でない。大阪港は神戸、横浜のような国営港とは違い、市民の力で三大港の一つに育てたことは市民にあまり知られていない。商都大阪が発展したのも良港と直結したからである。港まつりを天神まつりなみに盛大にして市民の感心を高めたらどうだろう。
 
[04]昭和31年の大阪港の展望 大阪商船社長 伊藤武雄
昨年は世界平和の実現にむけた動きが多く、また日本はガットに加入できたがなお、日ソ交渉、日比賠償問題が解決できず、国連加盟も拒否される面もあった一方世界経済が空前の繁栄を示し貿易量も大幅に伸びたように内外諸情勢は好ましい。大阪港は、安治川サイロの完成、川のフェリー開通、安治川内港への臨港鉄道開通など整備充実してきた。大阪港が戦前の貨物中継港から工業貨物港に変貌しつつある。しかし大阪港の回復率は40%程度で、他の主要港が60~90%であり劣勢にある。特に入港船舶が減少している。中国貿易皆無、繊維業界不振、太平洋、大西洋への積出港として認められていないなどの理由による。今後とも大阪港は解決すべき課題山積しており、経営行政面の強化育成に踏み出すべきである。
 
[06]昭和31年の大阪港の展望 日立造船社長 松原與三松
国際貿易は10%伸びている。各港は処理できな程運輸量が増大している。しかし大阪港は低調である。戦前への回復率も他港に比べて遅く、外国貿易の面から満韓支貿易皆無と繊維産業不振、入港船舶減少であることなど前途多難大きい観点で神戸、大阪含めた関西経済振興策を総合的に考えるべき。貨物中継港から工業貿易港への脱皮が急務。
 
[07]昭和31年の貿易の展望と大阪港 大阪貿易協会会長 高畑誠一
昨年は好景気であったが、他力の面もあり今年は楽観できない。戦後貿易の中心が東へ移行したが、今後アジア、中近東、アフリカ
やがて中国大陸との貿易になれば、西に傾き、阪神両港が重要になる。現在進行している大阪港の整備は、将来貿易都大阪に繁栄をもたらす。より多い定航を寄港されてほしい。
 
[09]最近の協会の動き(事務局)
 大阪港復興工事促進の運動について・大阪港の貿易促進に関する運動について・大阪環状線建設促進運動の成果について
 
[15]中国産業の将来と大阪港 日本国際貿易促進協会副会長 田島正雄
大阪港の復興率が他の主要港に比べて遅れているのは遺憾である。理由は、戦前の中、満、朝への輸出入貿易の門戸としての地の利を失なったから、今後中国市場の問題を検討するべき。中国は共産主義ではあるが、日本との貿易拡大を望んでいる。現在は、国交が未回復で、朝鮮戦争以来の対中国輸出制限がかかっているが、今年の国際政治の動きを注視し中国市場を見ていく必要がある。
 
[16]戦後海運政策の回顧と展望 ライナー経営の特質を中心として 大阪商船営業企画課長 宮本清四郎
戦前630万総トンあった日本海運は、120万総トンまで戦争で激減した。また戦後 時価5200億円相当額の戦時補償が打ち切られた。海運業は壊滅的打撃を受けた。船隊再建には国家計画造船に依存せざるを得なくなった。国益につながる航権を設定するライナー(定期航路)を優先することとなったが、戦後海運政策の欠陥である。そう考える理由について記述。ドイツ海運は、2大定期船会社に集中することで急速な復興を遂げている。方策として少数のライナーオペレータと国際競争力の強いトランプオペレイターを一体化する。資本力の強いオーナーが必要。全額借入の計画造船に頼っていては国際競争力が弱体化する。今有効な施策を要望する。
 
[19]輸出貿易より見た大阪港 日本貿易会関西本部参事 小林忠一
 大阪港は来年で開港90年を迎える。当初は国内交易に重点をおいた神戸港の補助的役割を果たしていたが、背後地の産業発展、修築工事の進展で、貿易港として昭和13年14年黄金期を向かえ全国の輸出入額(税関)の25%を占めるにいたった。しかし戦災により壊滅的打撃をこうむったこと、修築工事の遅延により大阪港は神戸港の補助的地位になった。定期航路では、神戸港はすべてベースポートとなっているが、大阪港は欧州航路(往復)ニューヨーク・中南米航路(往路)はベースポートとはみとめられていないため、寄港する場合、その都度同盟の許可を受けなければならないなど不利である。貨物で見ても、大阪港は繊維品から重化学工業品の輸出港に転換しつつあるが、現状主に大阪、和歌山周辺の物資に限定され、その他の府県からの物資は神戸港積に集中している。しかし神戸港も税関能力面でも限界に達しつつあり、今後大阪都心との連絡、海陸連絡をよくする。画期的計画が立案されてきている。阪神港の構想も生かした長期的計画が必要。
 
[22]1955年の英国海運界をかえりみて Norweian Shipping News No.18より 日立造船営業調査課
1954年から海運市況は回復してきたが、英国海運業は港湾労働者と海員のストライキの影響が響いた。太平洋横断航路を脅かした海員のストライキで船会社の損失は200万ポンドに上った。不定期船の貨物運賃が急上昇している。特に合衆国から英国への石炭船が重要なファクターである。原子力利用の進展が世界貿易の様相に大きな変化を与えていく、原子力発電所による石炭需要の低下など合衆国による海運の保護政策により50-50原則があり国籍による差別的取り扱いが問題となっている。英国は1800万総トンの船腹を保有し年間70万総トンを更新する必要ありその費用も莫大になる。造船の需給バランスはとれているが、労働賃金の上昇により英国造船業の競争力に影響を及ぼしている。
ガスタービンエンジンの船舶利用が進んでいる、原子力応用の可能性も検討されている。特に画期的な客船「南十字星号」が進水するなど、他に王室によって種々の船の進水式が行われた。
 
[26]大阪港の今昔(その6 完了)関西汽船社長 平井好一
戦前の愚かな戦争に至った反省の念をこめて、大阪港の復興はいかにあるべきかについて大阪港の今昔を書いたが本稿で終わりにする。
大阪港の港勢の衰退が何に起因するのか、また挽回はどうすればよいか。運輸広報30年10月号11月号に記載された近畿運輸局運航部の妹尾氏の「大阪港の現状と将来の施策」を読んでほしい。大阪港の景気は今年は造船業が活躍しているが、回復が遅いのは、政治面、首長公選制から地方港が国の予算を使って築造され、結局コストの高い港が沢山出来上がった。大阪港は地盤沈下により河川の活用が難しくなったこと。新たな工場誘致のための土地もない。産業面では綿製品の輸出入で多かったが半減し、他の地域に移ってしまった。一方名古屋は港の機能がよく大幅に増加している。今後高速道路、鉄道も整備されてくる。大阪港は英知を結集して調査研究して将来を広く予見して復活振興策を樹立しなければならない。
 
[29]安治川の変遷(その2)大阪貿易協会「貿易人」編集委員長 小野圭史
河村瑞賢補遺 前号に記載できなかった瑞賢に関する詳細を補完、明治以前の川口は即ち大阪港であったこと。豊臣時代から江戸時代にかけての書物における大阪港(川口)の状況 大仏島(富島)の名前の由来、船番所の変遷、明治期の川口居留地設定の準備、川口運上所の開設について歴史的考察(1784年の地図から現時の地形と比較した地図添付)
 
[33]港内火災のことども 住友海上保険大阪支店海損課長 高田貢
大阪市消防は昭和23年に府警察行政から独立して8年となる。消防施設の充実を図ってきているが、港内火災への対応の面で不安が残る
不測の港内大火災、大爆発への対応が十分であろうか。昨年も港内で2千トン級の客船が火災沈没した。いまは、引き上げられ近代的豪華客船に改装され活躍はしているが、沈没までいたったため損害も大きかった。防火資材設備に問題がなかったか、消化化学薬品の整備ができていればと思う。今後港内火災に対する化学的消化方法の研究、設備の増強を進めるべき。
 
[37]夜のサービス清水港のこと 大阪貿易協会専務理事 浜野恭平
清水港に入港して、荷役が真夜中に行われていることに驚いた。冷凍マグロの積み込み作業とのこと。清水港は次郎長親分からの伝統があるのだろうか。港の荷物の特性、それに応じたサービスを発揮することで港の特性がでる。サービスとチャージどちらが先かと言えば私はなんとしてもサービスであると思う。清水では税関を含め役所、皆が一体になって貿易の発展に尽くしている。
 
[38]倉庫貨物残高の外側にあるもの 住友倉庫検査役 松本清
倉庫業界では倉庫活動の唯一のパロメーターとして月末残高(トンor 金額)を用いている。一般の経済指数では物価指数、景気指数などが重要視されるがこれらの指数と倉庫業の指数との関連性について検討を行なったが関連性を見出すことは難しいかった。これらを明らかにするため相当腰を据えて取り組む必要ある。
 
[41]港湾局フォト・リポート2題 大阪市港湾局振興課
 ・大阪港サイロの操業開始 サイロの1次工事が完成し、大阪埠頭倉庫との契約成立、12月7日第1船の大同海運高栄丸を迎えた。今後1万トンカーゴも2日で処理できるようになるだろう。・木津川カーフェリー就航 大正区と住之江区の木津川無橋地帯に大阪市カーフェリー丸
(松丸134トン)が就航した。毎日トラック30台、乗客150人が利用している。いままで1時間かけて迂回していたが15分に短縮された。
 
[42]京、浜、名港等視察の結果についての座談会 大阪港湾作業援護協会・・・42
大阪港湾作業援護協会の主催で、京浜、名古屋、四日市港を視察し今後の大阪港に生かすための座談会内容。
出席者 大阪港艀船協会会長 蒲原 同副会長 指田、大阪埠頭倉庫 後藤、港湾局次長 藤本、振興課長 根来 辰巳商会副社長 太田、作業援護協会理事長 四宮、同事務所局長 河原、(欠)沿岸荷役協会会長 鴻池
各氏による感想など以下要旨
(指田)東京は大阪とよく似ている。横浜は戦後米軍、政府の庇護を非常に受けている。川崎は今後工業港として伸びる。東京港のヒンターランド大きく、ここ数年で東京は相当な貨物のある立派な港になる。名古屋は戦後非常に伸びている。今後、相当の埋立地ができ、神戸、大阪の競争相手になってくる。
(蒲原)京浜は海岸線を大企業の工場が林立している。立派な産業を背景にした横浜港。東京港も800万人の人口をようして今後発展する。名古屋は中京の発展共に大きく発展する。横浜に対する東京、川崎の脅威、神戸、大阪に対する名古屋、四日市の脅威が考えられる。大阪としても、大阪港の施設、工場誘致計画を早急に考慮すべき。川崎は県で工場設置の埋立が伸展している。大阪も府市一体で大阪港湾の計画を考えるべき
(後藤)名古屋は東西に膨大な浅瀬があり、埋め立てると生産基地が出来上がる。京浜3港は浅野総一郎が苦心して400万坪の埋立地をつくり臨海工業地帯を造り上げた。東京港は帝都で宮城があり戦前は港を遠慮していた。銀座裏に1千万坪の浅瀬(2m)があり都が埋立権を持っている。これらと、川崎、千葉まで産業基地が残っている。京浜間の港の計画を運輸省としても練っている。名古屋は愛知用水が工業用水にもなって、大きな力を持っている。神戸、尼崎、大阪、堺はこれらに比べて淋しい感じがする。大阪市の生産力の回復が遅れている。今後、港自体が一つの生産工場になるという考えで港の拡張方針をとるべき。港の機能も雑貨から工場と直結した専用ふ頭化してくる。京阪神が京浜、中京と比べて大阪港は甚だ淋しい。
(藤本)今回、視察に便乗させてもらった。港湾の工業化を痛感し背後地の検討をすべきと考えている。神戸港とは、善意の競争をしていきたい。大阪は特別の魅力がなければ人が寄ってこない。大阪駅周辺は一日で45万人出入りするが天保山通りは一年で60万人で淋しい。なんとかしていきたい。
(太田)他港が優れている点は皆さんの指摘のとおり。大阪港が優れている点は河川の長い沿岸をもつこと、満韓支への中小企業の港で出入りする小船の数量が多いことなど。内海工業地帯の造成はもちろんだが、このような中小企業に役立つ、内航にも目を向けてくべき。
(川原)大阪港は価格で出超、トン量で入超、羊毛、綿花、スクラップ等を輸入して綿糸、機械製品を生産して輸出するのが大阪の誇りだが、戦後伸びていない。移入、移出は6大港をはるかに凌ぐが、輸出入は劣る。工場が衰微していて、港自体が生産工場に直結する区画を設けるべき。福利厚生施設では名古屋の病院は随一だが港湾設備と同様、人的施設にも今後協力願いたい。
(四宮座長)視察した4港は隆々としているが、大阪港は地盤沈下の嵩上げ工事と拡張工事で、港の復興が遅れている。また、戦後大工場、中小が東京に移転したことも原因。近頃、識者で話題になりかけている、南港を埋立230万坪の工業地帯を造成し、工場と港を直結させ、川崎港の池上運河のようにすれば、高潮被害の緩和、風雨による荷役不可能日をなくする、水深を深くしながら、新しい土地ができることから、南港埋立に多数の考えが落ち着くと思う。
 
[49]港湾統計 大阪市港湾局
昭和30年6月まで入港船舶 出入貨物 外航船舶国籍別 大阪港輸移出入貨物品目種別状況 5大港構成比較
[53]税関統計 大阪税関
昭和30年1月~12月 輸出入額、トン数 全国主要港貿易額調 
[55]会報
 
 
 
 
 
 

大阪港 no.028 1955年11月(昭和29年)第06巻 第5号

[掲載ページ] 目次詳細・要旨
[01]最近の協会の動き 事務局
・大阪港貿易促進委員会について:第1回幹事会の開催状況
・大阪環状線建設促進の問題について:大阪市長、知事による建設促進の意見の議決と国鉄等への陳情
・大阪港海難防止対策委員会の動きについて:台風22~26号に対し委員会の取った措置
・中央ふ頭地区の総合的整備の問題について:大阪市長、大阪税関長への要望書の提出(協会会長名)
 
[07]世界海運市況の現状分析とその見透し 大阪商船営業企画課長 宮本清四郎 
戦後から今日までの日本海運の復興の経過を総括。不定期船と定期船に分けて、朝鮮動乱後の不景気と今日の回復状況について詳細な考察。特に定期船については、主要航路ごとの運賃上昇等の分析、これらの主な貨物として、穀物、石炭、鉱石の荷動きを考察。特に石炭については産出国、米国、ポーランドとヨーロッパの石炭状況を表にまとめている。今後景気は急激な悪化はせず、貿易量は順調に伸びると予測。
船腹の絶対的不足は今後も続くが、日本の国際競争力を高めるためにも、戦後戦時補償を打ち切られた日本海運が自己努力を重ね、不況時に備えなければならない。
 
[19]我が国のガット加入と今後の心構え 日本貿易会参事 小林忠一  
日本は9月10日以降、正式に一般関税貿易協定(ガット)に加入した。ガット加盟国の内20か国とは関税譲許税率を適用することになったが、加盟国でも締結できなかった国も多く、また、未加盟国24か国ある。ガットに入った目的効果。日本品のダンピング非難への対応など。
戦後の賠償義務、各種合弁事業への投資、自衛力増強などの負担に対して、輸出増強を図る必要あり、そのためにもガットに加入し、欧米の理解協力が必要となる。多くの世界経済問題を解決するには、戦争により崩壊した、国際分業の再生を待たねばならない。
    
[22]ヨーロッパの港における諸問題 日立造船営業調査課
戦後国際貿易は拡大を続け、西欧では昨年に比べ10%増を見込むほどである。一方港での船積が戦前より低能率となっている。
貨物船は戦前より港で長い時間を費やしている状況。これらは、船の航海時間の短縮により船の高率高まり港湾が輻輳しているため。
港湾地域には労働不安の問題もある。戦前の鉄道、艀から現在はトラック輸送となり混雑している。一般貨物の輸送方法の改善が進まずコスト高になっている。今日容器(コンテナー)とパレットの使用に関心が寄せられている。容器システムは広範囲に拡張されるべきである。
多くの港湾がもはやこれ以上効率よく処理できないほどの運輸量が増大しているため、これらを解決するには埠頭と岸壁の再建、臨港地域を完成しなければならない。ニューヨークでは買収により港湾の区域拡大を行っている。
 
[24]安治川の今昔 小野慶太郎
「海に面し、河が貫流する大阪は、これを利用することによって、その繁栄を企図し得るが」で始まる。特に河川でも安治川とその水域の問題について歴史的に調べたもの。
以下項目:・運河の都・安治川開削以前・将軍綱吉の英断・川村瑞賢安治川を開く・開削用の新鋭器出ず・新川の規模・瑞賢山と安治川の命名・瑞賢の人となり・明治の曙光・瑞賢の遺跡
 
[29]大阪港の今昔(その5)関西汽船社長 平井好一
終戦昭和20年には2回の台風がやってきて、高潮による進水がひどく、なかなか水が引かなかった防空壕で残ったボラをとったぐらいである。大阪商船の築港事務所の屋上からみても焼野原この際に大阪港の弱点の西風による荷役障害を克服するためにも、安治川の海岸を切り込んで河内港にできないかと考えた。大阪港は大阪市営で経営してきたので、国庫補助も期待出来ないそのため他の主要港に比べ復興遅れている。特に戦後の食糧需要を賄うためにも、サイロの建設を急ぐ必要あった。日清製粉の鶴見工場を参考にして全国7カ所のサイロ必要で、財界も動いて大阪港含む主要港にサイロができ、パン工場ができ、他の産業にも役立っていくだろう。
 
[31]港のチャージとサービス 大阪貿易協会専務理事 浜野恭平 
海外電報取扱いが公社から会社になったのは利用者の利便性を増すため港の経営は公社は行っているようなもの、利用者からはチャージが安くてサービスのよい港を選ぶ。しかし、チャージ料が公共料金(マルコウ)になりそうだ、料金を法律で定めるのはいかがなものか。サービスといえば税関で税関がうるさければ港にはマイナス。一流港ほど税関のサービスはよい。港の振興は、このチャージとサービスを一体としてとらえなければいけない。
 
[32]倉庫貨物現在高への疑念 住友倉庫検査役 松本清 
倉庫貨物の統計は、運輸省の普通倉庫のトン数と金額で調べた「倉庫資料」があるが、現在高は出庫、入庫の複要素性と瞬間性(ある一時の値で、時間で大きく変わる)があるので、経済学的なアプローチがしずらい。昭和25年から29年までの各月ごとの現在高と5ヵ年平均の表を作成した金額とトン数の相関性について調べたところ80%弱の相関しかないことがわかった。月数と金額を二次方程式で近似することを試みている。
 
[36]来年度計画造船を繞わって  関西汽船文書課次長 藤井敬一郎
9月に本年度の第11次計画造船が16社19隻183565総トンで決定された。その上で来年度の計画造船に向けた情勢として財政融資の動向、輸出船受注動向、海運市況、船主の自己資金の充実など記載。また課題として財政投融資の圧縮傾向、オーナーとオペレーターの割り当て比率、鉱石輸送船問題、500総トン枠撤廃の問題がある。来年度の早期計画造船を望むが、今後自由造船へ歩み寄れる方法になることを望む
 
[39]港湾局振興課長と一問一答 X・Y・Z生
市の職制改革で港湾局に振興課が新設された。新課長へのインタービュー内容振興課を新設して、積極的に大阪港の利用促進、振興発展を計るとの市長の考え近藤市長の際に港湾運営は従来の役人型ではなく民間人を採用とのことで住友倉庫の田中社長に相談あって私が港営課長になった。これからは振興課長として企画的な話は振興課が相談窓口になる。振興策としてすでにロサンゼルスでの第2回国際港湾会議、太平洋市長会議のため「英文大阪港」を刊行。大阪港勢総促進協議会、振興協会、振興会社、貿易促進委員会とも協力していく。ニューヨーク、欧州航路の定寄港地指定の問題への取り組みや外航船、特に食料船の誘致もサイロの完成により努力する。戦後産業の中心が京浜地区に移って、大阪港の強みが奪われている。ニューヨークポートオーソリティもしているように、主要都市に出張所を設けるなどしてまず現状を把握していく。
 
[41]人間冬眠論 T・T生 
戦後の失業問題、特に今年は完全失業者が84万人、今後人口増、長寿命化、機械化によって人間の働く場が減る。それにどう対応したらいいか、素人の迷論として、半年冬眠する「人間冬眠法」を考えてみたが色々問題があって人口問題解決もむずかしい。
 
[43]港湾行政への雑感 大阪市港湾局振興係長 坪井充
港湾局に転任して、電車通りでのさびしい街並みをみて「これではいけない!」という直感をもった。市制から港湾行政をみれば、「ハーバー」の時代は、港湾建設と維持の技術のみで足りていた時代から「ポート」の時代になって、港湾行政をその都市政策に基づいて実施されるべきものになった。技術中心から経営と技術の総合に発展した。市政の他の部門との連携、協力なくして成り立たなくなった。港湾振興を図るためには、英断を以て市政の政策樹立に努力すべきと思う。
 
 
[44]国政調査水面の結果報告  港湾局調査係 
国勢調査(水面)の結果の報告 水面人口 昭和30年10月1日で1754人 (表参照)
[45]港湾統計
昭和20年各月、昭和30年4月まで入港船舶 出入貨物 外航船舶国籍別 大阪港輸移出入貨物品目種別状況 5大港構成比較
[49]税関統計
昭和30年1月~9月  輸出入額、トン数  全国主要港貿易額調 
[51]会報
 
 
 
 
   
 
 

大阪港 no.027 1955年09月(昭和29年)第06巻 第4号

[掲載ページ] 目次詳細・要旨
[01]最近の協会の動き (事務局)
・昭和30年度定期総会開催 ・昭和30年度大阪港開港記念行事について
・大阪港貿易促進委員会の設置について ・第1回大阪港貿易促進委員会の開催について
・大阪環状線建設促進の動き・大阪港海難防止対策委員会の動き(台風情報等連絡系統図)
 
[07]「港湾の盛衰」の是正 住友倉庫検査役 松本清
 港湾運送の語は、昭和16年の港湾運送業等統制令から成立し、昭和26年に港湾運送事業法となり日本の海上運送に大きい扶助を与えている。港湾運送業は現在のところ定義が明らかではない。法律と実際の港運を構成する諸種の役務活動が海上運送法(昭和24年)に吸い取られ、引き離されているからである。将来の改正を業界として強く要請すべき。港湾の盛衰はその港湾の港運量が相対的に大小になることであるが、港運活動量を研究するためにも港湾局の港勢の統計項目を再考すべきである。荷役関係の項目が貧弱で港運の立場からの統計が少ないため「港湾の盛衰」について先入観を与えてしまう。さらに市有施設としての荷役機械を港運に賃貸することの意味など。
 
[09]大阪港の今昔(その4)関西汽船株式会社社長 平井好一
8月18日終戦を迎えた当時の築港の状況を書き残こす。無条件降伏による国家喪失の虚無感。進駐軍への対処と女子事務員の保護のための避難命令。進駐軍が大阪湾や和歌浦に明日でもやってくるなど様々なデマ流布。築港の捕虜収容所への連合軍のビラ、小包の投下と捕虜の報復行為がなかったことなど。23日、日本船全部の運航停止命令。大阪港では多数の船が停泊していたがボロボロで荷役するものなし。船員、港湾労務者への食糧を中央市場とランチで築港を往復し確保したこと。9月2日降伏調印式を重光外務大臣が行ったが、それから10年してやっと復興の途についたことなど
 
[11]「港湾荷役」の営業主の方々へ 日立造船常務取締役 桑原英夫
大阪港では昨年11人の災害死亡、2500件の休業災害があり、お金に換算すれば、総計1億8千万円の損失になる、しかるに港湾荷役業の高率災害を経営者は放置していていいものか。目先のお金がかかるからではないか。安全設備代費はたいしてかからない。自社では一年の安全運動費は1か月の賃金の50分の1である。大阪港の港湾労働者1万人と仮定すると年間300万円を安全運動にかけるだけで、経営が改善するのではないか。安全推進は経営云々ではなく人道上推進すべきものであり、強くお勧めする。
 
大阪市港湾局の機構改革と人事異動のお知らせ ・大阪海上保安監部長の異動についてのお知らせ
 
[13]タンカー船腹の需要はいかにして決定されるか(エミール・アーバート著)-O.L. MERKESDAL "AN ANALYSIS OF WOLCD OIL PRODUCTION AND TANKER TRADE" の紹介と覚書  日立造船第2船舶営業部営業調査課
世界の石油資源と、タンカー市場について、オスロー大学学生のO.L.MERKASDAL夫人の研究を紹介。オイル輸送の需要と供給について分析することで、タンカー需要決定を比較的理論的、簡単、効果的、綿密な方法を解説。特に定期的に発効されるロイドのWEEKRY POSITION LISTを源泉としていること。計算原理は簡単であるが傾向については正確であること。また航路ごとの石油輸送量、トン・マイルでの輸送用役の測定、バラスト航海の動きを考慮している点で価値がある。
 
[17]私の感じた修学院離宮 元内務省大阪土木出張所所長 龍山 高西敬義
京都府庁での会議の後、修学院を見学したが、桂離宮とは違って、建造にあたっての筋道がわからず、なにか頭がすっきりしなかったため、その建設の経過や時代背景について調べたこと。紀元2200年~2400年にわたる、歴代天皇武家年代比較図で桂離宮、修学院が建造された
歴史背景が詳細に示されている。
 
[22]国政調査(水面)の実施について 大阪市港湾局調査係
今年は5年に一度の国勢調査を行う中間調査の年である。昭和15年から国勢調査で大阪市に独立した水面調査班が設けられ、港湾局がその実施担当となっている。調査期間中の港湾(河川を含む)に停泊中のものが調査対象となる。その調査実施要領、予備調査について解説。昭和30年 世帯数では港内679安治川390木津川453世帯が確認されている。
 
 
[25]埋立地の利用とその経営について(その3)大阪市港湾局
埋立地のある港区、大正区、此花区、住吉区の各区における土地利用状況、経営状態を概説する
(1)港区の状況
保税地域指定:建物4.3ha 岸壁土地 4ha    大桟橋250間 大阪商船(鹿児島線 那覇線 勝浦 多度津)尼崎汽船(済州島)土佐商船(土阿)昭和14年より一般共用廃止
2号繋船岸:東亜汽船(天津)南海海運(南洋) 背後利用:東進倉庫(三井倉庫)大正運輸 住友倉庫
5号繋船岸:大阪商船(那覇線 大島各島) 戦時中病院船 背面利用:三井倉庫 戦時中 陸軍中部軍
6号繋船岸:三井船舶(イラン、インドバンコック)ブリューファンネル(太平洋沿岸) 背後:渋沢倉庫、三菱倉庫、東神倉庫、大正運輸
7号繋船岸:大阪商船(南鮮 北鮮)
8号繋船岸:尼崎汽船 大阪商船(北鮮)
 運河・荷上場・橋梁などの諸施設の内容(表)
 
受託工事または委託工事によるもの
天保山桟橋:大阪商船より、ふ頭内に桟橋建設の出願、同社より工事費を寄付 20年間使用上の優先権 市電を新設 大阪商船(別府 今治)摂陽(徳島、高松、小松島、洲本)阿波協同(小松島)土佐商船(高知) 背面利用者:大阪商船
1号繋船岸:住友家願出(工事費は20年後に住友に支払う)工事を住友家に委託(背後6.6haを倉庫で使用させる)大阪商船(大連、 アフリカ、南鮮)日本郵船(横浜ロンドン)東亜汽船(阪神青島、横浜上海)背面:住友倉庫
昭和5年現在の土地利用現況 インフラ整備状況
大阪税関、陸軍糧秣支しょう(現在:天保山公園)
水上警察 府立測候所 入津取立所 府立高等海員学校(戦災で焼失)
電気鉄道:築港線(明治36年 九条花園~築港 3里)第5回内国勧業博覧会を好機としてこの計画の実現を見る。明治36年度 2547円の欠損、37年度 欠損を償却して12823円
市立海員ホーム(大阪市労働共済組合):現在は振興会館(港振興)
沖仲仕寄せ場(港湾局設置):船舶荷役会社へ引継ぎ 1300人日
社団法人水上隣保館 荷役改善事業協会 水上斯民館 樋口小学校 軍用地など
安治川:干潮時水深18尺 12の渡船上
天保山:明治元年 明治天皇行幸 日本最初の観艦式
築港遊園地:5159T 音楽堂、庭球場、桜の名所
住吉神社:天保13年分社 (目標山517坪は天保山運河→遊園地内500坪無償使用)
高野山:明治43年高野山の寺院を移転 
築港大潮湯:大正3年1000坪、水泳プール 余興場 映画 ニワカ 淡水、塩水、
温泉:(関東大震災の避難者収容)戦時中は捕虜収容所など
 
[33]6大港に於ける船員の厚生施設について 事務局 
前回6大港湾での港湾荷役労働者の厚生施設について紹介したので、今回は船員の厚生施設について紹介する。・船員宿泊施設・船員医療施設(6大港表で整理)・その他の厚生施設(養老園、母子寮)これらの施設がどの程度利用されているか今後調査したい。
[36]港湾統計
昭和20年各月、昭和30年2月まで入港船舶 出入貨物 外航船舶国籍別 
大阪港輸移出入貨物品目種別状況 5大港構成比較
[41]税関統計 昭和30年1月~7月 輸出入額、トン数 全国主要港貿易額調 
[43]会報
 
 
 
 
 
 

大阪港 no.026 1955年07月(昭和29年)第06巻 第3号

[掲載ページ] 目次詳細・要旨 
[01]昭和30年度事業計画要綱 大阪港振興協会
協会事業の主目標は未解決問題の速やかな解決方策の確立と、復興発展のための根本的な諸問題の調査検討することにある。本年度の諸問題は以下の通り
1.大阪港復興修築計画残余工事の最短期完成方促進問題
2.既存港湾施設の改良整備促進の問題
3.大阪港交通網強化促進に関する問題
4.大阪港貿易促進に関する諸対策推進の問題
5.大阪港海難防止に関する諸対策の推進の問題
6.大阪港臨海工業地区の造成に関する問題について
7.その他
 
[03]大阪港開港記念日を迎えるに当たりて 大阪市長 中井光次
4月から再び市長になった。道路市長というニックネーム賜ったが、港湾改修は私の公約であり重要事業の一つである。市営港の大阪港は戦前戦後を通じて、わが国3大港湾の一つであることを市民は誇りに思っている。復興工事も完成に向かいつつあり、大阪港は日本一の大港湾になる。これらは、大阪市の発展と市民生活の向上のためであり、港の建設・経営に市民の支援をお願いする。
 
[04]昭和30年度大阪港改修工事計画について 大阪市港湾局
大阪港改修事業は昭和22年から67億かけて実施してきたが、30年以降70億円残事業がある。国の予算厳しく事業費の飛躍的な増額は困難(表:昭和30年度予算)本年度の工事計画:港区、大正区、此花区、住吉区、港内で実施詳細
 
[06]フラッグ・デスクリミネーションに就いて    大阪商船業務部企画課長 宮本清四郎
米国海運補助政策の基本というべき、1936年商船法に”50%優先積取法”が追加された米国対外援助物資のみならず、三国間の米国援助関係物資についても、50%が米国船で輸送すべきとの規定。もともとこれらの自国海運保護政策は、重商主義にはじまるが、戦前における保護政策により、競争力の劣る米国海運が国際海運の寵児とした。戦後主要海運国が立ち直り、米国は凋落防止のために種々の法律に50%条項を挿入した。米国の動きは、中南米、インド、他多国間での海運政策に大きな影響を与えた。この不定期船保護政策であるいわゆる、バトラー・トレフソン貨物優先積取法は英国を中心として、諸海運国が痛烈な批判をしているものである。
 
[10]大阪港の今昔(その3)関西汽船社長   平井好一
戦時中、国により統合された船舶運営会の大阪支部長であったころの思い出。太平洋戦争当初、600万トンの内400万トンが徴用船となり民需は200万トンであったがガダルカナル以降船舶の損耗激しく、一回の輸送船団も四分の一になるほどだった。大阪は民需とともに軍需の中心地で空襲の危険性高かった。20年6月築港への大空襲があった。朝警報が出て自転車で境川まで行ったが、B29による空襲が4波まであり
焼夷弾により辺りは猛火となった。陸軍の車に便乗して築港に駆け付けたが、一部のコンクリート建物を除き一面煙と火の海となっていた。中之島ダイビルに移転し徒歩で築港あと連絡したが、その後も空襲続き、機雷投下により沈没続出、船が100万トン台に減少しそれも満足に動ける船がいくらもなくなって、8月15日終戦を迎えた。
 
[11]今年の「港まつり」の行事いろいろ 第23回港まつり行事案内
 
[12]大阪府下の倉庫業の実績 住友倉庫検査役 松本清
運輸省より29年の普通倉庫業の統計が出たので、1年間の動きを分析する。大阪府の全国との占有率は9%で倉庫貨物が港湾都市に偏行して年々高まっている。府下の倉庫坪数は全国で東京、神奈川、神戸についで4位となっている。事実をしらなければならない。
 
[17]計画造船の動向  関西汽船株式会社文書課長代理 藤井敬一郎
戦後22年からの計画造船方式による造船は今年度11次造船となりこれまでの方式を踏襲できる。状況ではなくなってきて、以下の点で根本的再検討と運用方式の再検討を行うべきである。
・船主の自己資金調達能力に期待できないため国家のイニシアティブが必要であること
・各船主への平等に船腹拡充を割り当てたが、重点割り当てへの移行の議論がある
・戦後残存した造船能力の維持する役割があったが、間接的に船価低減の努力が乏しくなっていた
・建造量に柔軟性を欠き、船主経済と運航採算が乖離した造船となるきらいがある
これらの課題は、計画造船そのものの功罪ではなく、運用面での再検討課題である。計画造船を、日本海運の発展に貢献する制度に進化させていく必要ある。しかし、30年度の11次計画造船は、予算的圧縮を余儀なくされ、船舶拡充6ヵ年計画は初年度で建造量の削減となった。
 
[20]九州の貿易港 大阪貿易協会専務理事 浜野恭平
九州各県と貿易懇談会を開催した。その時の九州の各港の印象
鹿児島港:狭い港に入るときは窮屈な感じがする。鹿児島県産紅茶が日本輸出紅茶の大部分の原料である。三角港:熊本県の貿易港、近くの大牟田、八代港が工業港として大きくなっている。美しい港。長崎港:中国が中共になって船の往来がなくなったのが寂しい。博多港:朝鮮貿易だが、船の出入りより飛行機の数の方が盛大に。門司港:汽車の九州始発港で石炭港、大阪からすると門司と下関は一つに見える。大阪と神戸と同じ。別府・大分港:関西汽船別府航路で大分に着くときに大分港を知る具合。九州各県の海外貿易は阪神、横浜港を通じて行われることが多い、九州の港は隠れた貿易となっており中共貿易が行われないと駄目である。
 
大阪港港湾諸料率表発行についての御報せ
 
[22]大阪港と日立造船  O・I・W
来年75周年を迎える日立造船と大阪港の関係をふりかえる。
1.大阪鉄工所創業当時によせて 日立造船の前身である大阪鉄工所の設立由来と、元関電・春日出発電所の地から創業したことなど
2.大阪港の築港に関して 大阪港開港の経緯と浚渫の必要性、大阪府市の浚渫船建造の経緯と大阪鉄工所での造船について
3.桜島造船工場の開設 明治33年よりの桜島工場の建設経緯
4.天保山工場のこと 明治38年に2500トンの船渠を大阪市の天保山機械工場跡地に建設したことなど
5.西成鉄道のこと 西成鉄道会社による安治川口・桜島間の鉄道整備について
6.結びとして 戦災により一面焼け野原になり、台風、地盤沈下から、復興十か年計画による復興について
 
[26]「港俳句欄」 桐の葉港句会
 
[27]貿易雑感 日本貿易会関西本部参事 小林忠一
日本の輸出貿易について、戦後の経過と一時低迷した時期の輸出額12億ドルから昨年来15億ドルとなったことの要因分析と増加傾向が今後とも継続するかについての考察
 
[31]船長から見た大阪港-入港船船長から大阪港への御忠告を聞く会ー(事務局)
振興会館で、港湾管理者である大阪市港湾局、大阪海上保安監部が日本海汽船、大阪商船の船長から、大阪港に対する注文、意見を聞く会がもたれたその要旨・税関はあんまりに法規に忠実 ・市街が遠く、神戸に比べると田舎の港で不便・冬の荷役困難 ・他の5大港と比べても上陸第1歩の印象悪い・港頭地区を犯罪防止の面からも明るくしてほしい・中央突堤の根元に便所がほしい・安治川の岸壁がつけやすく非常に便利、その他、曳船、給水に対する注文など。
 
[41]世界の鉄鉱石貿易について 日立造船営業調査課
 (Lloyds List & Shipping Gayette May 31. 1955 より)
ストックホルムのブルユセヴィッツ氏が論じた世界の鉄鋼石貿易の変化について、アメリカ、ヨーロッパにおける鉄鉱石需要、輸送の発達経過から新鉱床の開発が海運に及ぼす影響を考察し今後、海上輸送の船舶需要が非常に増大するとの結論に至った内容を記述している。
 
[44]倉庫保管料に関する一考察 ー特に不況との関連においてー TT生
 倉庫は広い意味で、物資の流れの関所若しくは貯蔵タンクとして大切な使命を持っている。経済の好不況の影響は通常半年、一年ずれる。近年のデフレ政策下での倉庫保管残高の推移と低迷による保管料減収についての太宗貨物(食料、綿花、繊維)の要因分析と不況を打開するための方策について。
 
[46]私の感じた桂離宮と苔寺 元内務省大阪土木出張所所長 龍山 高西敬義
 4月振興倶楽部の春の催しで桂離宮と苔寺を見学した半日の清遊記
 
 [50]日本国際見本市を見て 大阪市港湾局管理課長 根来実男
 国際見本市が昨年戦後初の大阪に続いて東京で5月に開催されその際感じたことの報告。会場は第1会場、都立産業会館と埋立完了した晴海ふ頭の一角、敷地4.3haほどで大阪の倍以上あった。各会場での展示物の内容。日本品が外国品と比べて見劣りしない状況。昨年の大阪での
見本市が日本の機械メーカに技術的、精神的無言の教育をしたのではないか。来年は大阪で3回目となるが、売るためか、見せる(博覧)ための見本市かを明確にすべき。来年は世界水準を上回るようになってほしい。
 
[52]大阪港における埋立地の沿革について(その2)大阪市港湾局
(4)別途計画による埋立地計画
1 梅町埋立工事(梅町埋立平面図 昭和11年)
北防波堤の外公有水面56ha 埋立用土砂は浚渫土砂、塵芥償却残滓を利用する昭和10年竣工し此花区に編入 日満倉庫 三井物産他に貸し出される。支出 262281円 財源 公債198600円 港湾収入 1435809円 土地売却 832811円
2 神崎川尻埋立工事(神崎川公有水面埋立地平面図)
矢倉町、布屋町の間の川幅を80間に整理・川尻に泊船場5500T 公有水面345000T(113ha)埋立地と地元の土地の間、市の境界線に幅50間の水面を残す。工事費800万円・昭和15年変更計画64ha事業計画の免許申請したが施行されず
3 南港埋立工事(南港町埋立平面図)
住吉区地先91ha埋立 船町の飛行場の移転用地 木材貯蔵施設 昭和8年着工。昭和20年末で工事中止 63ha埋立
 
[56]港湾統計  大阪市港湾局 
昭和29年1月~12月まで入港船舶 出入貨物 外航船舶国籍別 大阪港輸移出入貨物品目種別状況 5大港構成比較
[59]税関統計  大阪税関
昭和30年1月~5月  輸出入額、トン数  全国主要港貿易額調 
[61]昭和29年度協会の活動概況 (事務局)
1.大阪港復興修築計画残余工事の最短期完成促進に関する運動
2.既存港湾諸施設の改良、整備の問題については
3.大阪港の陸上交通網の強化の問題については
4.大阪港の外船誘致、貿易促進の問題については
5.大阪港海難防止対策の推進については 
6.大阪港陸海通信網の整備について
[65]会報
 
   
 
 
 

大阪港 no.025 1955年05月(昭和29年)第06巻 第2号

[掲載ページ] 目次詳細・要旨
[01]最近の協会の動き
・大阪港復興工事促進の運動(続)について
・大阪環状線建設促進の動きについて
・大阪港外船誘致対策の一環としての輸入食料船入港促進の運動について
[05]ポートセリーングの一資料 住友倉庫検査役 松本清
アメリカのロングビーチ港が新聞に44ページもの産業特集号を出したのを見て、ポートセールスに対する真剣さを感じ、この港の成り立ちを調べた。ロングビーチとロサンゼルス市のサン・ペドロ地区の歴史背景、命名の経過記述。1895年当時ロス市は6万人でロングビーチ市となった。土地は畑、牧場で1haが1.6ドルの安さであった。1921年シェル会社により石油発掘され一大革命となる。またカリフォルニア綿花の積出港としても成長著しい。人口30万の中都市の港湾ながら、その新聞では、港に於ける経済効果が市にいかほど貢献しているか統計データで説明している点は注目に値する。
 
[08]「港ニュース」 にしき丸の修復完成
 
[09]南米移民の現状と問題点 大阪商船営業部企画課
国土狭小、人口密度高い日本の問題の解決として、中南米への移民が戦前より行われてきたが農民移民のみであったが、製造工業発展にも生かすことで日本経済への寄与も期待できる。米国3銀行による円借款も可能となり、今回、移民の現状を述べる
1.戦後の移民送出の実態
戦前20万人がブラジルを中心に移民、戦後南米諸国で移民許可を得ている。米国難民救済法で3千人(日本、朝鮮人)が入国を認められている。移民には政府計画移民と現地在邦人の呼寄せ移民がありその詳細が紹介されている。すべて農業移民で、技術、企業移民はないのは、資本的なバックアップがないため日本側送出機関は日本海外協会連合会、現地受入機関は、国ごとに設置されている。
2.移民送出増大への問題点
本年度2800人送出したが、永続的な移民には大資金(貸付金)が必要となる。また輸送には大阪商船あめりか丸、あふりか丸、ぶらじる丸が使われているが、来年度以降たらなくなる。戦前の移民輸送との比較。戦後100万人移民したイタリアの輸送能力比較
3.移民借款の意義
移民の拡大には、①渡航費貸付金②輸送機関拡充の問題ある。移民船建造は、緊縮予算で、大幅な増強は難しい。一方貸付金は、米国3銀行からの借款(56億円)が実現した。その運営のため海外移住株式会社が自由党案として発表されている。
 
[14]大阪港の今昔(その2)関西汽船社長 平井好一
東京の山手線にかつて「万世駅」があり、駅前に、日露戦争で軍神と仰がれた広瀬中佐と杉野兵曹長の銅像があった。その広瀬中佐と大阪港の関係について。日露戦争での、旅順港港口の閉塞作戦に用いられた閉塞船の石塊は大阪港の築造中の防波堤の石を積み込んだものである。この閉塞計画は秋山参謀がアメリカ留学中に、セオドア・ルーズベルト副大統領に願って、米・スペイン戦争で実戦観戦した、サンチャゴ湾閉塞作戦を元にしている。戦争で大阪港の工事は遅れたが、日露戦争勝利により日本が大国となり、大阪港の繁栄を導因となった。日露戦争から50年となり感慨深い。
 
[15]六大港に於ける港湾労務者の厚生施設について 大阪港振興協会事務局
港湾荷役力の確保増強のため、荷役労務者の福利厚生施設は、各港とも荷役改善協会などの独立法人を設けて事業を委ねている。これらは昭和17,18年ごろ戦時中、労務者確保のため、当局より海運業者に指示されたもの。大阪港では社団法人大阪港仲仕業共済組合が
厚生事業をおこなってきた。6大港の厚生施設の内容を整理
1.炊飯給食施設
荷役労務の特殊性により不規則な就業となるため、栄養衛生の為にも、弁当配布を民間では難しく直営機関で実施することになり、港湾労働者の労務加配米を一括炊飯しては配分給食している。
2.宿舎施設
港湾荷役は不定期に甚しい需要の波動があり、そのため、労務者を港湾の周辺に定住させ臨時に応じて就業させるため、宿舎施設が必要である。専用住宅、宿舎、仮泊所が含まれる。他に港湾労務者休憩所が要望されている
3.医療施設
港湾労務は傷病率が高い。医療施設を接岸地帯に設けるよう各港湾ごとに力入れている
4.水上生活者児童に対する福祉施設
児童福祉法んいよる養護施設として認可を受けている
5.会館施設
労務者の教養訓練、慰安を目的に会館が設けられている。会館には売店、理髪、食堂などの付属施設が設けられている。
6.その他の厚生施設  大阪市の社会福祉法人 みなと寮
(参考)六大港における港湾労務者福利厚生施設一覧表
 
[19]戦後の世界造船工業 〈1945~1955〉日立造船営業調査課
(Noeweigian Shipping News (by Per Selving)より
造船工業の諸問題:戦時中失った2300万総トンの再建と商船隊の近代化が課題。アメリカをはじめヨロッパ諸国の造船業のもつ課題を記述
各造船国の建造(進水)状況:戦後1946年からの各造船国の建造状況。手持工事量の状況:1950年の受注工事中の船腹は6百万総トンで内、約半分はタンカーであった。その後朝鮮動乱等の変動要因。船価:戦後継続的に上昇1935年の数倍になる。船の大きさと種類:とくにスーパー・タンカーの建造他オア・キャリア(鉱石運搬船)の状況について。
 
[27]大阪港工事写真報告集 大阪市港湾局
昭和22年からの大阪港修築計画も8年ヵ年経過するなかで、どこまで工事ができているか写真で報告する。岸壁・桟橋、浚渫盛土(安治川内港)、浚渫・盛土(大正区)、上屋、防潮堤、貯木地、防波堤、臨港鉄道、サイロ、港の運営、港勢の現場写真等
 
[41]船の上にて(大阪港の荷役など) 江草一平
神戸港は活発であったが、一方大阪港は高層建築らしいものも見当たらず侘しい気持ちになった。友人曰く、大阪港の港内荷役の近代化が遅れ、そのためポートチャージが高くつくとの話。海上輸送費に港湾荷役、港費の割合高い。能率悪い、不便な港は近代化された港に繁栄を奪われる。大阪港の船内、沿岸の荷役の現状について、船内荷役では大阪港海運事業組内の効用と功績。沿岸荷役は総合的な荷役能力高いが、一般荷役設備が近代化されていない問題。荷役問題を整理①荷役業者強化と公示料金問題②港頭第1線が市設の平屋上屋で占められていることと
荷役機械の近代化問題③地盤沈下と荷役施設の関係④労務賃金が他港に比べて高額⑤労務者の作業環境が悪い問題 これらの課題を官民一体となって改善すべきだし、されつつあると聞く。
 
[42]協会事務局よりの御報せ
港湾気象連絡用超短波無線電話「気象大阪」施設一式寄贈(大阪管区気象台へ)について
 
[43]大阪港における埋立地の沿革について(1)大阪市港湾局
 1 概要
 序言
・築港埋立地を主題としてその現状及び造成利用経営等の諸問題を研究
・戦前の大阪港の港湾工事の方針は外方に対する港域拡張を主眼とし、沿岸埋立地もだいたいこの方針に従って造成されていた。戦後修築工事計画では方針を変えて、内港工事を実施し、既成埋立地は地盤等を中心に改良工事を実施
・昭和30年の港湾局所有の埋立地は1035382坪(330ha)他に港振興会社へ現物出資40481坪(12haだたし換地で39851坪)
・地盤沈下から救う文句で地盤工事実施・昭和22年当時の大阪港埋立地の状況表
大阪港の沿革 
・日本書記の神武天皇の条に記載 「・・・難波崎・・・」難波津・難波崎には 「八十島」が形成されていた。
・豊臣時代、高麗橋、北浜方面にあった大阪港の中心は活躍
・徳川時代 5代綱吉より河村瑞賢 2回淀川改修工事 安治川開削工事
・天保2・3年 安治川 木津川の大浚・天保山は浚渫土砂を堆積して高灯篭を点じて 安治川入港船の目印にした。
・明治元年7月15日 大阪港開港 明治4年川口波止場・大阪港における新田の状況
・築港地区地先には大縄権(丸縄権)と称せらる埋立権が存在(安政年間)
・明治でも地券下付で継承 築港埋立工事に支障となる・島屋、常吉は大縄権で権利買収困難となり第1時修築工事から外された。
・大正区も権利存在したが権利者の常識により解決・中央地区は大繩権が少なかったことが埋立実施できた要因
2 埋立地の造成について
(1)第1次修築工事
帆船から大型汽船へ変遷・明治25年 デ・レーケをようして築港計画に着手
・明治29年 市から大阪港築港許可、国庫補助を内務省に申請し30年許可を得る
・港内埋立工事は浚渫土砂を利用(OP-3尺は全部大和川、新淀川尻の荒目砂を利用。昭和5年現在の築港埋立地
・昭和5年埋立地1320000坪(435ha)内賃貸面積612000坪(201ha)40%工場用地、16%は倉庫など(土地利用表)
・61038坪(20ha)の国際飛行場 Sea port とAir portが同一地帯に
・市営住宅732戸 市立とさつ場 塵芥焼却 汚物消毒用地 11502坪(3.7ha)
・賃貸地の年額143万円 大阪港の経営維持修築費に充当
・公共用地の73%が道路 港湾地帯の市街地の20%弱が道路(保安、衛生、美観の点で)整然たる道路網
(2)第2次修築工事
・昭和3年~昭和21年 臨時港湾調査会・埋立工事は港内浚渫土量をもって実施
 
[53]主要港に於ける港湾管理者瞥見(事務局)
港湾関係者多年の宿望であった港湾行政統一は占領下のGHQの主旨から25年港湾法が誕生した。その後全国に港湾管理者設置された。港ごとに管理者の状況異なる。
主要港の港湾管理機構
横浜、神戸は明治初年以来の国営港であり、主たる工事は国の直轄事業となっている。
横浜市、神戸市は港の運営面を担当。名古屋港は愛知県と名古屋市の一部事務組合方式。
東京港、大阪港は東京市=東京都と大阪市で、いわゆる市営港として建設、運営をしている。
(参考資料)主要港港湾管理機構一覧(東京港、横浜港、名古屋港、神戸港、大阪港)
(別表)大阪市港湾局職制変遷表 明治30年~昭和30年
 
大阪港開港以来の港勢(第6巻1号34頁につづく)
入港船舶種別隻数累年比較表、海運貨物トン数累年比較表
[57]港湾統計(附大阪港開港以来の港勢)大阪市港湾局 
昭和29年1月~12月まで入港船舶 出入貨物 外航船舶国籍別 大阪港輸移出入貨物品目種別状況 5大港構成比較
[65]税関統計 大阪税関 
昭和29年1月~12月 輸出入額、トン数 全国主要港貿易額調 輸送方法別輸出入価格表
[68]会報
 
 
 
                                              
 
  
 
 
 

大阪港 no.024 1955年03月(昭和29年)第06巻 第1号

[掲載ページ] 目次詳細・要旨
[01]協会の動向
大阪港復興工事促進の運動について・大阪港視察の山崎運輸次官を囲んで!!
昭和30年の大阪港に寄す
[06]昭和30年を迎えるに当たり 大阪市港湾局長 堀威夫
   大阪港に修築工事も9年目となり完成に近づいている。安治川1号岸壁と、平林貯木場が利用されている。防潮堤も大正区船町の一部を除いて完成した。今年は安治川サイロ、臨港鉄道他総仕上げの年となる。 昭和28年に内外貨物量1200万トンで全国第1位となり戦前の底力を発揮してきた。今後の大阪港の輝かしい発展を期待する。
  
[07]昭和30年に望む 大阪商工会議所会頭 杉道助 
大阪港の修築工事が色々理由はあろうが、工期の3分の2を経過して50%しか進んでいない。国家的大事業なのに、その理解が不十分ではないか。大阪市の予算の2~3%では復興の歩みものろい。横浜、神戸が日本の代表港で大阪の名前が知られていない。「港まつり」も港湾関係者の祭典になってしまっており、広く産業界、市民に啓蒙普及すべき。愛港精神を市民に植え付けることが肝要である。港を市民の身近なところにすべきだが、そのための環状線問題も前進しそうである。
 
[08]大阪港の完成は市民の伝統的な念願である 協会副会長 住友倉庫社長 商工会議所交通委員長 田中直方
大阪港復興内港化工事にこの間60億円つぎ込んだが工事は50%の進捗で完成まで容易ではない。顕谷泰三氏の「近代の大阪港発展史」で過去を知り、温故知新、市民の港として払った犠牲と努力熱望に感慨無量である。復興10ヵ年工事は、〇西風の被害を避け3河川を内港化〇市街に近接した港にする。〇高潮対策で地盤の嵩上  3大目的完成のため工事を急いでいる。
 
[09]昭和30年の大阪港に寄す 大阪商船社長 伊藤武雄
 日本経済は対外貿易に強く依存し、そのため輸出産業の奨励、海運強化が国家政策の基幹である。海運が強力でも港湾が不備、不完全であれはその使命を果たせない。大阪港は一市営港として出発し、昭和14年には3126万トンの取扱いとなり日本第一港となった。戦争で廃墟となり、戦後最大の復興土木工事を施行中であり、工事完成により「大大阪港」の夢を実現したい。特に、ヒンターランドと結ぶ道路網の整備、高速環状線などの整備を強く望む。
 
[11]昭和30年の大阪港に寄す 日立造船社長   松原與三松
「大阪経済の復興は港から」のスローガンで進めている修築工事も着々を推進されてきたが課題が山積しており、前途多難である。大阪港ではまだ、公営岸壁が1、2しかなく神戸港の岸壁荷役に対し、沖艀荷役が主体であり、季節風強い大阪港は不利である。これらを克服するためにも修築工事の早期完成が急務である。 特に天然に恵まれない人工港の大阪港だが、将来能力増大が困難な神戸港に対して海岸線長く、遊休地の多い強みを持つ大阪港は将来「大大阪港」の実現も可能である。
 
[12]大阪港の今昔(その1) 関西汽船社長 平井好一
 大正7年に商船会社に入社して富島町の本社に来た。安治川の浜側の桟橋には、別府行きの、紅丸、下関行きの大井川丸、天竜川が停泊していた。明治17年大阪商船が結成された。大正7年ごろの築港は鉄柱に板を乗せただけの中央桟橋が出来ただけで、船は着いておらず釣台になっていた。築港に行く電車は2階が無蓋でそこから、川向こうの大阪鉄工所(日立造船)のクレーンのみが見えた。終着には潮湯があり、一日遊んで1円弱で物価は安かった。それから米騒動が起こり神戸の鈴木商店も焼き討ちにあい、大手は夜警をした。第1次大戦のブームでも大阪港は建設の初期で淋しかった。大正12年に関東大震災で、横浜の被害大きく、荷物は一時神戸に全部移ってそれでは捌ききれず大阪の港も利用するようになり大阪港の躍進が始まった。大震災で、ニューヨークとの絹貿易で大儲けした青年の話があり当時週刊誌にも掲載されたが
本稿では取り上げない。
 
[13]ポートサービスの改善・整備についての御報せ-超短波無線電話装備その他ー 大阪市港湾局海務課
〇 曳船の機動力の強化ー本市の曳船「大和丸」「神崎丸」「淀丸」〇 係船浮標の入替、補修 〇給水施設の改善
 
[14]海運市況の現状と見通し 大阪商船企画課長 宮本清四郎
(1)世界的不定期船運賃上昇の原因
欧州での穀物不作により、穀物荷動き活発になった。また石炭荷動きの増大、自由主義国の経済の発展などの理由により不定期船運賃が上昇した。
(2)不定期船運賃上昇の現状  各種英国海運会議所運賃指数の推移表
(3)定期船運賃上昇の原因と現状
 不定期が上昇したから定期も上昇したと見るべきではなく、独自の理由がニューヨーク航路、インド方面等あり、また鋼材の需要増があげられる。
(4)不定期船運賃上昇の日本海運に及ぼす影響
 定期船では、長期契約しているため、すぐに不定期の運賃上昇が好影響を及ぼすわけではない。また不定期船は直採算を好転させるが、日本では貿易と日本海運の特別のつながりにより反映できていない。
 
[17]港と税関 税関は門番でなく奥さんたれ 大阪貿易協会専務理事 浜野恭平
税関は港の玄関という言葉があるが、岩井雄二郎氏は税関無用で、昔の上海のようなフリーポートたるべしとの意見であったが、日本は戦後マルハダカなって、関税はもっての他、密輸の取り締まりでよいと思っていた。それから、10年、沖縄経由の奄美大島に旅行した時の事、
税関史が勤務中、たばこ、コーヒー、酒を10人以上で飲んでいた。貧乏国日本でこんなことが好いのであろうか。戦前も税関が威張るのは後進国であった。税関手続き、税関史も先進国並みにビジネスライクに気軽に簡単にできないものか。貿易立国のためには税関は玄関の門番ではなく、心使いのよい奥さんたれ、と言いたい。
 
[18]関税法改正を繞る沿革 住友倉庫検査役 松本清
昭和29年関税法が一新された。今回概略でその沿革をたどる。関税の定義、日本では徳川期「運上」、明治6年から「関税」と称した。世界の流れは、17世紀重商主義による保護関税政策として輸入税を課したのが、クロムウェル、コルベールによる。その後、アダムスミスは保護関税は国際分業活動の阻害物と論難した。アメリカ、ドイツのハミルトン、リストは自国産業保護のため、スミス理論に反抗した。それらは1932年のオタワ会議による英帝国ブロック経済体制となり世界的なブロック思想を育成し結果第2次大戦につながった。戦後2体制のなか自由国家間で、ガット(関税率並びに貿易に関する一般協定)が過去の歴史の批判として成立したことは特筆すべき価値がある。
 日本における関税沿革は、国家間の貿易形態は徳川幕府(平戸)からであり、それまでは宮廷交易であった。平戸では10%の税を課した。近代に日本に関税障壁を教えたのは1852年のオランダ宣教師ドン・クルチウスである。オランダ、ロシアとの35%関税を追加条約したが、1858年の五か国条約で新たに3段階の税率規程を定め1859年神奈川、長崎、函館の開港から関税徴収を実施した。兵庫、新潟の開港、大阪の開市を5年遅らせる交渉のためロンドン覚書で税率5%や外国人のための保税倉庫を強要された。その後1895年の改正条約まで税権回復に30年を要した。
 通関制度の内保税制度について、1866年幕府が外国人向け長期保管のための「貸庫規則」を作り明治2年に各地の規則が統一された。その後、保税倉庫法により日本人にも適用され、明治32年には関税法まで続いた。短期の荷捌き用の上屋は1866年からで明治5年に取扱い規則が制定された。昭和2年に自由港設置議論の中で、保税倉庫法は法改正が行われ、最終、保税工場法を吸収して昭和29年の新関税法に受け継がれた。その他、関税定率法および保税工場法、税関貨物取扱人法、税関の組織、機能について。
 
[23]名古屋・四日市、清水港―見学記 大阪貿易協会専務理事 濱野恭平
港の見学は、海からすべきである。外航船に乗り、入港時の感じ、印象、上陸して税関、上屋に上って港を俯瞰する。また、車で埋立地を走ってみるのが順序である。今回三井船舶の淡路山丸に乗船の機会を得て、名古屋、四日市、清水港、横浜港の状況を報告する。 名古屋港:東陽倉庫にお世話になった。印象は「田んぼの中に一万トンの船が走る」であり、埋立をして内港から内外港へと進んでいる。一方、大阪は、逆に内港化を図っているのと対照的である。 四日市港:名古屋との関係は、大阪、神戸港の関係と同じ問題がある。近頃は四日市も国際港らしくなった。 清水港:富士を真正面に見た日本で一番景色の良い港である。背後地に工業発展の余地があり将来有望な港である。横浜港:生糸の輸出が昔の十分の1、シッピングチャージが高く、荷が東京港に奪われており暗澹たる状況である。東京港と一体に考えるべき時代になってきており、それは阪神港として神戸と一体に考えるべきとの議論に近づく。ペリー来港で日本の5港が開港された。それ以降多くの港ができたが、無駄な港湾投資になっていないか。過剰投資がコスト高になる。日本が小さくなったので昔の5港にかえってはどうか
 
[25]「台風対策参考資料」 大阪艀船協会
昨年9月の台風12号について会員から真剣な意見提示があったので整理分類した。
 
[26]輸入食糧と大阪港 K・L・M生
輸入食料船を大阪港に速やかに入港させよとの声が高いが、日本全体での食料輸入の状況を把握するため、資料整理した。米、大麦、小麦は28年と29年で42%伸びている。それは、営業倉庫の経営に大きな影響を及ぼしている。大阪港では月4万トン輸入なければ港運業に大きい打撃を与える。大阪財界として粉食の普及に着眼すべきである。また四国方面への輸入食料の大阪積出を伸ばせるよう取り組むべき。
 
 
[30]イギリスの造船工業 日立造船営業調査課
昨年度の日本の造船能力は60万総トンに対し年間40万総トンという縮小生産の方向となり社会問題化しつつあったが、その後西欧経済の好転で輸出船が大量に決定し危機を脱した。この間の西洋の造船業の状況を概括。特に英国、ドイツ造船業会の状況を業界紙を活用して紹介。
 
[34]大阪港開港以来の港勢 大阪市港湾局調査課
昭和32年は大阪港築港開始60周年であり、記念事業として大阪港の歴史を編纂することを考えており、ここに開港以来の港勢を「大阪港港勢一斑」と「大阪市史」で外観する。
明治時代
・明治元年~9年 明治元年7月15日大阪港開港。大型汽船は天保山沖に停泊。冬季海難事故頻出により荷主は神戸港に移る。
神戸港は外国貿易盛んになり、一方大阪港は対朝鮮、対中国の貿易港となる。
・明治10年~20年 明治10年 西南戦争もあり、入港汽帆船987隻 帆船75168隻、明治15年 汽船3185隻と飛躍的に増加 明治20年頃近代的工業都市に脱皮し始めた
・明治21年~36年 明治23年関西同盟汽船ができ大阪起点の航路繁盛。25年汽船7221隻、機帆船486隻 帆船76034隻となる。27年日清戦争で貿易減少、その後30年金本位制となり輸出急増、30年7月17日築港建設着工となった。
・明治36年~45年 9m水深で1万トン汽船が入港、安治川800トン級は遡行可能で国際的港湾として活気を帯びる。37年130000余隻となるが、日露戦争により船舶不足を生じる。戦後貿易量が大幅に増加、特に英領インドが輸入の主要国になる。
大正時代 
・大正元年~5年 日露戦争後の反動による不況ではあったが外国貿易は増加、特に内外航路(瀬戸内、紀州、高知)(朝鮮、台湾、関東州、北シナ)が盛況
・大正7年~10年 3年からの第一次世界大戦の影響で7年には海運業界未曾有の盛況となる。内国航路26 近海航路17 外国航路19 内外定期航路はほとんど大阪港を起点、出貨299万トン入貨850万トン 8割が内国、外貿1割。大正7年休戦となり不況は深刻だが、船舶入港が貨物の減少の割合に応じて減少しなかった。
・大正15年 1次大戦の不況から立ち直り傾向、汽船14732、機帆船67705、帆船1014205隻、北米、アフリカ、バンコック航路が増加し国際的港湾となりつつある。
昭和時代
・昭和元年~10年 定期航路 内航37、朝鮮航路7、外航25線と伸長、満州事変により取扱い貨物量激増
・昭和12年~終戦 日華事変勃発により全国1位となる。その後、戦時経済体制で隻数、トン数共減少、しかし14年は戦時下ではあるが最高値を記録(出貨9430523トン 入貨21829709トン)内貿72%外貿21%朝鮮2% 14年9月の第2次世界大戦勃発により貿易の世界的閉塞により減退、昭和16年日本参戦により取扱量、船舶数とも減少、取扱量の港勢公表も禁止された。
 
[38]大阪環状線建設促進の歩み 大阪港振興協会事務局
大阪環状線問題は昭和8年より論議されてきた。当時都市計画委員会で城東ー臨港ー西成の3線を結ぶ環状線計画の建議から始まった。戦後、戦災復興計画での大阪市高速度交通計画の一環として建設促進が叫ばれた。大阪環状線、吹田操車場と大阪港を結ぶ臨港貨物船の建設が実現しなかったのは国鉄の東京偏重、地元の熱意不足。安治川を渡る方法についても議論あり。そこで昭和27年協会内に大阪港交通問題検討委員会を設け取り組み強化した結果、実現の曙光を観るに至った。その3年間の歩みを回顧。
  
[53] 港湾統計 大阪市港湾局
昭和29年1月~9月まで入港船舶 出入貨物 外航船舶国籍別 大阪港輸移出入貨物品目種別状況 5大港構成比較
[59] 税関統計 大阪税関
昭和29年1月~11月  輸出入額、トン数  全国主要港貿易額調 輸送方法別輸出入価格表
[62]会報
 
  
 
 
 
   
 
 

大阪港 no.023 1954年12月(昭和29年)第05巻 第5号

[掲載ページ] 目次詳細・要旨
[01]最近の協会の動き 
大阪港交通対策促進の問題に関する大阪港交通対策委員会の動きについて
・大阪港環状並びに浪速貨物線建設促進に関する懇談会開催について
・港湾気象連絡用超短波無線電話の開設
・築港電話局の開局について
 
[04]昭和29年度日本海運の問題と展望 大阪商船企画課編
 不況と言われて2年、この間航路開拓、船腹増強は継続しているが、邦船社間の、競争緩和、系列下、グループ化、経費削減の動きがある。今年度の海運を見ていく
・船舶増強 政府による10次までの計画により増強を図っているが近年テンポが落ちている。新たな、金融方式の導入による造船が検討されている。
・航路安定と発展 邦船8社によるニューヨーク航路では、運賃安定化、最低運賃制、積荷制限などの方策が実施された。インドパキスタン航路は盟外の立場から同盟加入などの動きで安定しつつある。一方南米航路では邦船社間での争いも生じた。極東と欧州間の英国船主の支配する同盟はclose Conferenceであり、日本は国家の援助を得た船会社による不当競争との指摘を受けている。その他産業界からの要望ある中東、アフリカ航路など取り組んでいるが定期船航路としては課題が残る。対中共貿易が脚光を浴びる中、定期航路へ発展しようとしている
・業界の再編合理化 業界再編は集約を指導する中心力に欠け、すすんでいない。オペレーター間での船腹交換、共同配船にどどまった。
まとめとして、政府の総花的海運政策により欠陥が生じている、特に造船疑獄に集中的に表れた。
 
[08]船舶輸出の現状と諸課題 日立造船営業調査課長 口村茂一
 わが国の造船業は、戦前3、4割を占めた海軍の需要を喪失し、戦時補償は打ち切られたため、海運界不況の際は船舶輸出に活路を見出さざるを得ない状況。
わが国の造船界と輸出船の推移 戦後大型鋼船を建造し始めたの1949年からである、その後建造量を伸ばし62万トン建造能力を持つに至った。内輸出が27万トンで割合が大きい。輸出船市場について、戦後3つの波が訪れたその詳細。
船舶輸出の現状 年間60万トンの建造能力を40万トンまで下げざるを得ない状況にあったが、ここ2~3か月で40万トンの輸出船の契約が成立した。その理由について4点に分けて解説
今後の課題 今回むこう1年間の工事量を獲得したが、西欧造船諸国に比べ余裕がない。これらは、戦後の一貫した造船政策の欠如、輸出振興策も一時的、場当たり的なものである。船舶輸出を伸ばすには、二重価格的色彩の強い(輸出価格を抑えること)輸出振興策が必要である。 表:竣功船(船型別 昭和21年~29年)、輸出船契約実績他
 
[12]中共配船について   X・Y・Z
・現在の配船状況;外国船社6社の欧州航路で華北諸港に寄港し集荷している状況これらは運賃等協定が締結されている。
・日本船社配船の状況;日本船社13社は中国配船協議会を中心に配船している状況
・中共諸港事情;大連等の諸港の港費は台湾基隆に比べ6倍になっている。また日本船を規制する港もある。
・中共配船の将来;貿易の進展がら中共定期配船開始の好機
・欧州定期の中共寄港;順次活発化しており戦前の7割まで回復している。外国船欧州航路で中国折り返しも出ており、早急に邦船の欧州定期航路の中共寄港を考えるべき
 
[15]内航輸送の回顧 関西汽船文書課次長 藤井敬一郎
この一年輸出不振、輸入増大による国際収支のアンバランスから国際収支の均衡を図るためデフレ政策がとられ、それにともない縮小再生産に陥り、荷動きの減少、輸送施設の改善阻害が内航輸送に深刻な影響を与え八方ふさがりとなった。
近海汽船協会が議決した内容の紹介・内航外航の一貫した海運政策・海陸の輸送調整・金利緩和・海運税制改正・労資関係の安定化などこれらの課題の解決に向け支援を希求する。
 
[17]日本中央運河の再評価 住友倉庫業務部次長 松本清
日本海ー琵琶湖ー瀬戸内海を結ぶ水運の開設計画(日本中央運河)について
もともと田辺博士による「琵琶湖運河及び日満運輸連絡問題」や谷口、宮部による「日本海と大阪湾を結ぶ水運の連絡」など研究があった。この運河計画が実現すれば大阪港の飛躍につながる。また裏表日本もなくなる。実現すれば155kmとなりパナマとスエズの間ぐらいになるが、フランスのミジ運河が241kmなので桁外れでもない。敦賀から琵琶湖、京都、大阪への物流歴史深く、水運での連絡の可能性も研究されてきた大津京都間の艀運河インクラインもその一部。7000t級の船が淀川を南下して来れば大阪港にとって福音となる。現在大阪港では内港化も進んでおり、同じくこのような計画にも目を向けてはどうか、物流だけではなくイリー湖とオンタリオ湖の45kmの運河のように、観光面でも役立つと思う。夢のような計画とおもわれるかもしれないが、ドイツで「トンネル」という小説が1952年に書かれている。同じ敗戦国ドイツ人の興味の対象に着目したい。
 
[22]大阪港の思想的背景となる歴史について A・B・C生
大阪港の戦後の発展を考える時、市営港という大阪市民のバックボーンも薄れ行く危機にあるため改めて、明治時代における市営大阪港の思想的背景をまとめた。開港の経緯、神戸港誕生のいきさつ、ブラントン、ドールンによる築港計画とデレーケによる。安治川改修計画と大阪築港計画、築港工事と大繩請地問題、市民団体である大阪築港研究会の活躍、その中での西村捨三氏の役割と初代大阪築港事務所長となったこと、その生涯について記述。
 
[25]「港湾局海務課よりの御報せ」
航路標識の新設について
 
[26]第10次計画造船の回顧 近畿造船協議会事務局長 山田覚太郎
日本の造船能力は年間60万総トンあるが第9次計画造船では30万総トンにとどまり、何とか最低工事量を確保して生き延びてきた。そのため10次船の早期実施を求めて運動を展開したが、大阪5造船所すべてが受注漏れとなった。再度11次船の早期実施など要望したが、10次船発表後1か月にして、粗糖リンクにより50万総トンの輸出船の受注で危機を回避した。このように経過した政府の計画造船の問題点についてまとめた。
 
[27]「子供の目に映った大阪港」 (大阪市立常盤小学校生徒)
大阪港見学 溝渕楯雄  大阪港および造船所見学 内藤敦子 見学記 増地洋子 
大阪港見学 浅野順子  
 
[32]昭和29年度大阪市における水上生活者の実態 大阪港艀船協会
 29年の大阪港における水上生活者の実態調査と28年の調査を比較した 港頭地帯への集結傾向が強まったこと、独身水上生活者が激減していること特に助船夫が59人増加してることなどである。
 
[35]港湾統計 大阪市港湾局
昭和29年1月~7月まで入港船舶 出入貨物 外航船舶国籍別 大阪港輸移出入貨物品目種別状況 5大港構成比較
[39]税関統計 大阪税関
昭和29年1月~9月 輸出入額、トン数  全国主要港貿易額調 輸送方法別輸出入価格表
[42]最近に於ける大阪港外貿貨物の動きについて 中島廣吉
不景気による貨物量の減少を嘆くものが多いが、港勢を統計資料を活用して外航船、外国貿易について客観的に検討し外船誘致対策になればよい。・大阪港入港外航船舶について・大阪港輸出入貨物について・外航船舶、貨物誘致対策の資料他
[45]会報  協会事務局お報せ 川口町事務所アパートの建設について
 
 
 
 
 
 
 

大阪港 no.022 1954年10月(昭和29年)第05巻 第4号

[掲載ページ] 目次詳細・要旨
[01]最近の協会の動き
・昭和29年度定期総会開催 ・昭和29年度大阪港開港記念行事について
・大阪港海難防止対策委員会の動きについて
・中之島地帯の防潮堤築造に関する要望書の提出について
 
[17]大阪港におけるサイロ建設工事の概要  大阪市港湾局
・計画概要 小麦・大麦は大阪港全輸入量の1割(金額で3割)に及ぶ主要なもの現在は非能率な荷役となっており、機械化等を進め近代的サイロを建設する。年間20万トン 水切り能力平均240トン/h 保管ビン25000トン
・施設概要 工事概要(基礎工事、ビン地下工事、ビン躯体工事、ヘッドハウス工事、ビン上屋、機械設備 工費(総工費6億円)
 
[24]会報(1)(会員の動静について)
[25]随筆 台風のあとさき 大阪貿易協会専務理事 浜野恭平
 今年も台風12~15号により今年も台風被害を受けた(特に15号は洞爺丸外数船の世界的参事となった。)台風被害を止めるためにも、資本蓄積、輸入防圧面でも日本の木造建築から鉄筋コンクリートに改造すべきだ。台風禍を天災と考えず人災と突き詰めて考えると新日本の更生も生まれる
 
[27]国際海運市況の現状と見通し 大阪商船営業課長  宮本清四郎
 不定期船市場の世界的な海運の変動内容 特に穀物、石炭から石油への動き。特に米国のハンプトン・ローズ石炭が戦後の不定期船運賃市場を支えてきたが、最近急速に衰えた。替わって石油輸送タンカーが急増した。完全競争に近い不定期船市場において石油貨物輸送は他のドライカーゴとは異なり石油産業、タンカー所有の特殊性(独占)があり継続的、長期契約の形をとる。また鉱石輸送船のような専用貨物船に変化してきている。英国においては、不定期船から定期船への動きや、両線の結合現象が出てきている。世界情勢を見る限り、不定期船貿易については楽観を許さない。(表)不定期船運賃推移表 1950~1954年他
 
[37]港湾運送業史序論 住友倉庫業務部次長 松本清
港湾の盛衰は、その実体では、港湾運送の盛衰を意味する。その原因は、①ヒンターランドの物資量②船型の増大③政治的変化 による。日本港湾史はあるが、日本港運史は見当たらない、そこで試みに港湾運送業史を素描してみた。
 その内容。港運業は、神武東征からも沿岸仲仕に始まる。沿岸作業は店舗使用人から労働者群へと移行した。明治以降、汽船船舶が大型化し、船内仲仕に分化した。その後、艀運送が発達する。大阪では檜垣廻船の江戸就航時、水運貨物は川船(艀船に相当)積み替えられていた。川船は株仲間を構成し明治20年でも400隻を数えた。川船ギルドの崩壊とともに海運貨物の取扱業が台頭した。明治の開港当時は外国人が港運業を営んでいた。日露戦争後、倉庫業者が進出して本邦業者が伸展した。その後国家総動員法により、6大港には海陸連絡同業会が設立される。その後港湾運送統制令により一港一社を原則に港運会社(子会社 船舶荷役会社)の統制会社は全国で77社となった。
戦前6000~7000社の港運事業者は80港125社に統合された。戦後民主化による統制令の廃止により解体され当初125社から、1953年では約3000社となった。
 
[28]空運と海運断想 関西汽船文書課長代理 藤井敬一郎
 航空機輸送についての考え方が大きく変わってきた。いまはある条件では経済的輸送となっている。航空機輸送の発展が、海運企業に今後及ぼす影響について、シーファーラー誌でジョーンズ氏が論じている。内容を紹介。結果貨物船型(タンカー除く)は15000トンから20000トンに標準化され速力も現在のものが標準となり客船は豪華定期客船以外は少数となると予想されている。くしくも2月に日本航空が国際航空路に進出する画期的な年となった。
 
[29]「港俳句欄」 高野素十先生選 桐の葉港句会
 
[42]世界タンカー船隊の分析 日立造船営業調査課
(サン・オイル会社調査部資料 米誌マリーン・ニュース8月号より)
世界のタンカーの状況、特に3分の2を占める米国、英国、ノルウェー、パナパ4か国についての船舶保有量、船型、船齢、速力等のの比較検討。結果、タンカーは1939年と比べ158%増加。米国は最大のタンカー保有国で39%を占める。平均速力13.6ノット、平均船齢8年10か月。特に米国は82%が戦時中建造となっており今後、深刻な代船建造問題が発生する。 表:各国別タンカー保有量(T2-SE-A型換算)国籍別タンカーの平均重量トン並びに速力
 
[50]「少年の目に映った大阪港」
大阪港を見学した中学生の感想文8題
 
[55]港湾統計 大阪市港湾局
昭和29年1月~5月まで入港船舶 出入貨物 外航船舶国籍別 大阪港輸移出入貨物品目種別状況 5大港構成比較
[59]税関統計 大阪税関
昭和29年1月~6月 輸出入額、トン数 全国主要港貿易額調他
 
[62]「港湾関係の業界( 団体)の便り」
日本水難救済会大阪府支部・大阪港艀船協会
[62]会報(2)
[64]台風15号の訓へるもの 事務局長 中島廣吉
台風が今年も多く日本を襲い、15号は甚大な被害をもたらしたが、大阪港においても、情報をいつ発表するのか、自重論に傾いたことの反省と今後の台風対策。今回は僥倖により大阪港は悲惨時を免れた。
 
  
 
 
 
 
 

大阪港 no.021 1954年07月(昭和29年)第05巻 第3号

[掲載ページ] 目次詳細・要旨
[01]昭和29年度事業計画要綱  大阪港振興協会
昭和29年度の協会の主目標、以下の課題の解決方策の確立、促進
・大阪港復興修築計画残余工事の最短期完成促進の問題
・既存港湾諸施設の改良整備促進の問題
・大阪港交通網強化促進に関する問題
・外航定期航路の誘致並びに大阪港に対する啓蒙宣伝方策推進の問題
・大阪港海難防止に関する諸対策の推進の問題
[03]最近の協会の動き
・大阪港海難防止対策員会の動きについて
・大阪環状線及び浪速貨物線建設促進問題について
・第1回港湾講習会の開催について
[08]戦後伊太利移民送出に係る考察 大阪商船旅客課
戦後のわが国とイタリアの南米移民の実態について報告
 移民には政府による「政府計画移民」とその他の「呼寄移民」があり、日本では昭和27年より政府計画移民が9000家族45000人の5ヵ年計画で、いままで338家族1951人にとどまっている、その他、呼寄移民は1500~2000人ぐらいである。一方国情を同じくするイタリアは移民輸送船30隻40万総トンを整備し本年末までには100万人が移民することとなる。
[09]今年の「港まつり」の行事いろいろ
 
[12]大阪倉庫業史の片影 住友倉庫業務部次長 松本清
昭和元年の大阪市での営業倉庫の実態 大正6年東京倉庫(現三菱倉庫の爆発事件より危険物取扱強化)
大阪倉庫業金曜会(普通貨物) 浪速倉庫 東神倉庫 三菱倉庫 杉村倉庫 住友倉庫
大阪倉庫業土曜会(危険物貨物)東洋倉庫 堀川倉庫 大阪倉庫 天満倉庫 
その他(富島組 川西倉庫など)
各社の社歴、および戦前の統制令による、倉庫と港運の分離、倉庫統制による日本倉庫統制会社の設立と、戦後の大阪の倉庫業の相対的地位の下落、大阪支社営業所の構成詳細について
 
[17]「港ニュース」(1)
・子供の日「海の子の家」の交歓 ・天保山の嵩上げ工事も近く完成・大阪港にもフェリーボート(松丸)が生まれました・山下汽船、山国丸進水
 
[18]大阪港1954年 大阪貿易協会専務理事 浜野恭平
安治川内港で日本ではじめての国際見本市が開催されたことは大阪港にとって特筆すべきこと。大阪港がかつての西進から東進してハンブルグ港のように河川港として大阪埠頭が整備された。その背後で国際見本市が開かれたことは、長い大阪の歴史から商工都市大阪の港のありかた、将来の施策について重大なことがらであるように思う。
 
[19]「港俳句欄」 桐の葉港句会
 
[23]外洋におけるタンカーの競争力について 日立造船営業調査課
世界で現在建造さえれているタンカーの状況と特にスエズ運河喫水の問題と燃料費が航海経費の30%を占めるため動力源の詳細とその効率についての詳細リポート
 
[27]日本国際見本市概況報告 大阪市経済局
戦後の日本貿易振興の具体策てしての開催された日本国際見本市の報告
・貿易振興策としての国際見本市・見本市の歴史性・見本市の意義と目的
・参加、出品状況 ・会期中の概要 ・結言
 
[39]大阪港に於ける艀船の定繋場について 大阪港艀船協会
 大阪港水上署より艀船の定繋場の調査の要望を受け、同協会において大阪港における艀船の係留状況を業者114社に依頼し調査した結果。総数1461隻の艀の9割が大阪港に係留、その9割が3大河川に定繋されている(一覧表、各河川での定繋場所の詳細)。これらの実態を踏まえ艀船に対する安全な艀溜まりを建設するよう要望する。
 
[42]「倉庫講座」  関西学院大学講師 有田喜十郎 
第2講 寄託の経済的性能と倉庫の機能と倉庫業の特質
・寄託の経済的性能
 もともと人、公法人は私有物、公有物を自家用倉庫に貯蔵してきたが、その後、他人の物を保存管理する取引、約束が発生した。「寄託」は他人に財貨を引渡し、動産をその管理に委ねることである。倉庫業はこの寄託を主たる対象として扱う、固有の業務とする特徴がある。
・倉庫の機能
貨物の貯蔵とその措置を根本機能として、運輸の連鎖、売買の機関を中枢機能として、物価調整資金融通、貿易機関、政策執行機関を派生機能とする。
・倉庫業の特色
 
[46]港湾統計 大阪市港湾局
昭和29年1月~3月まで入港船舶 出入貨物 外航船舶国籍別 大阪港輸移出入貨物品目種別状況 5大港構成比較
[52]税関統計 大阪税関
昭和29年1月~5月 輸出入額、トン数  全国主要港貿易額調他
港湾関係の業界便り 
[53]会報
 
 
 
 
 
 

大阪港 no.020 1954年04月(昭和29年)第05巻 第2号

[掲載ページ] 目次詳細・要旨
[01]最近の協会の動き(事務局)
・大阪港の対外貿易促進の問題について、在阪貿易商社代表との懇談
・大阪港指定保税地域委員会の動き
・大阪港海難防止対策委員会専門委員会の動き
・第1回港湾講習会の開催
 
[07]昭和29年の大阪港復興工事計画について 大阪市港湾局
 大阪港は本邦3大港の一つとして発展したが、戦災により焼け野原となり、昭和22年より大阪港修築事業が始まった。その後ジェーン台風を経て災害復旧工事と合わせて昭和25年より実施し昭和29年度予算は修築事業7.2億 防災事業6.3億 災害復旧 1.5億 産業関連港湾整備事業 0.2億 合計 15.2億円となっている。各区ごとの本年度工事の概略。特に本年度は、修築事業では、道路、物揚場、サイロ施設、防災事業では地盤嵩上げ、埋設物処理補償に重点を置く。事業は補償処理の振興で大きく左右されている。
 
[05]日本海運の現状と問題点 宮本清四郎
最近英国方面から日本の商船隊の復興が著しいとの指摘があるが、経済的基盤、対外競争力の面で分析する。船腹量を1930年から5年間の平均船腹(総トン数)を100として終戦時34、現在78となり顕著な復興を遂げた。このうち貨物船は66 油槽船は492で、貨物船は割引して考える必要ある。総船腹の54%が戦後の新造船が占める。商船隊は順調に復興してきているが、経済的諸条件で見ると定期航路の同盟が崩壊し運賃収入が激減し、海運会社の損失が巨額になっている。海外海運会社は戦時補償により船腹回復を行っている。日本では、戦時補償を打ち切られたことにより、自己資本皆無となり、高金利、船価高の中すべて借入金で新造船を作らざるを得なかったが、法律が整備され、
船価も1割安く、金利も低下した。しかし、他国にはない固定資産税、事業税等の負担もあり、外国に比して不利であるため、
これらの税負担の改廃が望まれる。国際収支が悪化している中、貿易外収入の海運収入は重要度を増す。しかし割高為替レートにより膨大な円収入を失っている。また日本海運会社の対内的な競争により対外競争力が失われている。確固たる海運政策の樹立を要望する。
 
[08]村田省蔵氏の講演より 大阪貿易協会船積研究会での講演
 戦後のわが国海運は、労働基準法の改悪、高金利、固定資産税で吸い取られ、結果運賃も高くなってしまっている。各社お金がないので、政府からお金を借りる必要があり、これが海運界の汚職問題にもなっている。海運は復興してきており、悲観していない。念願は英国を追い抜き1000万トン以上の船舶を保有することである。
 
[08]大阪港の編集のあり方についてのアンケート結果 
 
[09]貿易業者と大阪港 貿易協会専務理事   浜野恭平
振興協会幹部と貿易業者との懇談会で挨拶したこと貿易業者のカーゴオーナーに集まってもらって懇談会ができた。①都心からの距離 ②台風の心配 ③外航船寄港がすくないなど意見いただいた。また大阪港はシッピングチャージが安いということもわかった。貿易業者との緊密な連絡が必要。4月に日本で初めての国際見本市が大阪で開かれる。本町と無料アクセスバスを出してはどうか、貿易商社社員の宿泊、クラブとして振興会館利用できないか。大阪港を利用する貿易商社、倉庫業者、の皆さんとも古い心のつながりが大切こうした懇談会をこまめにやっていけば、大阪港の出船入船も多くなると思う。
 
[10]港湾講習会の開催について 振興会館150名 3日間 講習料2000円
 
[11]米国港湾統計から見た「大阪港」   椋本修
40日間アメリカの港湾を視察した際、ワシントン政府より得た港湾統計を示す。アメリカはピアーヘッドライン外の水面の浚渫や防波堤建設は陸軍省土木部で行っている。埠頭法線内は港湾管理者が施行する。アメリカは河川港多しニューヨーク港はピアーが300ある。港湾の建設技術としては大阪港は自信をもってよい。大阪港と関係ある13港の総計資料を整理した。これらから見ると現在の大阪港は世界では田舎の港であり10か年工事の進捗で
世界的港湾となれるよう念願する。
 
[14]倉庫営業の指数について   住友倉庫業務部次長  松本清
倉庫業の営業活動指数は、月末在庫現代高で表しているが、月末現代高で営業活動を表し得るか疑問。活動面の動態を表していない。様々な統計量を考察すると、取引高が倉庫業における活動指数として適切である。
 
 
[16]随感ー緊縮政策と経済の建直し   日本貿易会関西本部参事 小林忠一
昨年来財政・金融の伸縮が言われ、均衡予算となり半面産業への財政投融資は大幅に削減されることとなった。これらはインフレ要因の除去を目的としている。しかし今後の具体的な見透しがないため、企業家もどうしようもない。特に国際収支の改善には対外収支の改善が必要。特に海運、保険について強力な対策が必要である。輸出振興については今までにも議論されてきたが抜本的な対策が行われていない。日本の経済危機を国民がよく認識し、建直しにまい進すべきである。輸出第1主義に徹して経済建直しの目標をはっきりさせるべき、西ドイツはじめヨーロッパ各国も着実に復興している。日本も緊縮政策を中心とした経済再建運動に国民を上げて取り組むべきである。
 
[19]「港俳句欄」 桐の葉港句会
 
[21]鉱石運搬船について(The one carrier)   日立造船船舶営業部営業調査課
海運界の目新しい問題としてバルクカーゴキャリアーが不定期船としての性格から専門化されつつある鉱石運搬船の建造の歴史現状について以下の項目にそって概括されている。 〇鉄鉱石需要の増加 〇鉱石運搬船の発生 〇第2次世界大戦前の鉱石運搬船 〇英国における鉱石船の建造計画
 
[21]昭和28年度における大阪港の艀船可動概況について  大阪港艀船協会
 大阪港での艀の数、活動状況を調査したものを表形式で表示 〇 はしけ稼働実績表 昭和28年1月~12月 〇 はしけ稼働実績表(貨物別)
 
[27]港湾関係の業界便り」
  大阪港湾作業援護協会より 「海の子の家」の施設拡張について  ・大阪倉庫協会より・大阪機帆船業会より・近畿造船協議会より・大阪港艀船協会より
 
[29]「テニス上達の秘訣」 清水善造氏の大阪貿易協会での講演
 「足と間(タイミング)」が大切
 
[30]港湾統計 大阪市港湾局
昭和28年1月~12月まで入港船舶 出入貨物 外航船舶国籍別 大阪港輸移出入貨物品目種別状況 5大港構成比較
[35]税関統計 大阪税関
昭和29年1月~3月  輸出入額、トン数  全国主要港貿易額調他
[40]会報
 
 
 
 
 

大阪港 no.019 1954年02月(昭和29年)第05巻 第1号

[掲載ページ] 目次詳細・要旨
[01]昭和29年の大阪港に寄す 緊輝一番しよう 大阪港振興協会会長 近藤博夫
大復興事業を始めて8年目となったが、まだ進捗はまだ半ば。今年はサイロが一部完成、平林の貯木施設も出来上がり、大正の内港工事も始まる。出入貨物が1200万トンを超え日本第1位となった、外国貿易は3位。褌を締め直してこの難事業と取り組むべき。
「大阪の復興は港から」の初一念を貫き努力しなければならない
 
[02]重点的な復興へ 大阪商工会議所会頭 杉道助
 大阪港は大阪市の「極道息子」と悪く言う人もあるが、そうではない。大阪産業界と大阪港は形によりそう影のごとき存在。
揶揄されるのは修築工事が予期されたように進まないため。早期完成が必要だが、最緊要工事を優先的に着工するなど、集中投資し
見えて成果を上げる方式に切り替えるのはどうであろうか。
[02]「大阪港便り」(1)
桜島桟橋の復旧整備工事完成近し ・大阪港のサイロ施設の建設進む 
 
[03]不撓不屈もつて工事の達成を期す 田中直方
大阪港の復興は戦後わが国最大事業の一つで政府も多額の補助を出している。ジェーン台風により計画遅延をきたしたが、不撓不屈の愛港精神により今日まで達成できた。港湾土木工事は縁の下の力持ちの仕事、予算をつけて故障のないようにしないといけない。国の財政緊縮により1割削減はやむをえなかったが次の予算では復活できるようにしよう。
[03]「大阪港便り」(2)
・第1突堤背面に繋船岸建設 ・中央突堤基部乗降場近く完成 ・近くカーフェリーもお目見えする
   
[04]29年の大阪港 神田外茂夫
十か年修築工事、高潮対策工事により着々と進んでいる。大阪市の総合的発展に絶大な寄与をする。大阪港は広大な近畿産業地帯を背後に持つため、原料資材輸入が多いが、今後海外輸出を伸ばすべきだ。そのため国際見本市の開催、大阪商品のPRが必要。商工会議所75周年記念事業として大阪経済復興審議会で議論した。大阪港振興、阪神貿易振興の在り方など。大阪港経済振興対策を実施し世界に誇りえる。理想港「大阪港」を実現しよう。
 
[05]最近の協会の動き
・昭和29年度大阪港復興事業の促進について・大阪環状線、臨港線問題の促進について
・大阪港海難防止対策委員会の活動開始について
 
[07]港湾行政と港湾経営 大阪貿易協会専務理事 濱野恭平
 雑誌大阪港に記載された「港湾行政の複雑なる実態について」を読んで思うところを書く。港湾行政は戦争末期に海運局に一本化された。
それが今日戦前の倍以上に仕事も役所も増え役人も増えてしまった。役人が港湾経営をする考えは間違いである。港湾は一つの企業、経営であり行政ではない。港の根本は出船入船の繁盛であり、繁盛を妨害するような行政は阻止すべき。本来振興会社といった民間会社に一元的に港湾経営をやらせて、行政はこれを応援すべきである。その地方の熱心な実業人が中心とならねばならない。振興協会の設立趣旨もそうであろう。市の外郭団体とかではなく大阪港のための熱心な実業家の集まりにして長く続ける大事業とならねばならない。
 
[08]「大阪港便り」
・超短波無線電話を市港湾局曳船に装備
 
[09]日本を繞ぐる海運同盟の現状と問題点 大阪商船営業部企画課長 宮本清四郎
日本海運が国際的海運同盟に復帰したのは昭和25年からであるが、この海運同盟が戦後の新しい法理念と法制により運営に著しい制約を受けるなど問題が生起している。・オープンコンファレンスとクローズド・カンファレンス、同盟が排他的か、開放的かによる区別。同盟は本来観念的にはオープンだが、
英国系同盟にみるように市場の安定、通商貿易の健全発展を守るため加入を拒否した場合クローズの意味がある。米国系同盟ではオーバートンネージにより加入拒否されることがないので実質的にオープンコンファレンスである。米国系同盟でオーバートンネージになるにもかかわらず同盟加入したため混乱を招いた事例もある。一方英国系同盟では、新規加入は難しい。特に日本船社が同盟を公取に訴える事件も発生している。今後の成り行きによっては世界的慣習が根底からくつがえされることも起こりうる。定期航路、同盟の運営は好不況にかかわらずコンスタントなサービスを提供することにあり同盟加入について機会主義的な考え方は許されるべきではない。
・契約運賃制をめぐる問題
契約運賃制は、同盟の定めた一定地域内の出貨はすべて同盟船によることを荷主に約束させ、この荷主に対し契約率を適応し、違反した場合はペナルティを課す制度である。この制度を適用するには米国海事庁への事前届け出が必要とされているが法的争いも生じている。日本の公正取引委員会は契約率の開きが9.5%以内であれば盟外船を排除するものではないとの判断を示している。同盟に入らない船社による訴訟が米国において行われている。
・結び
同盟への新規加入については英米で考え方が異なるのは、英国が海運国で米国はそれほどでもないことが原因。日本の海上運送法は米国のシッピングアクトの焼き直しであり、英国系の同盟運営に疑義を生じる恐れがある。そもそも国際海運同盟にわが国の公取の法的管轄権があるかも議論のあるところ。海運同盟の混乱の原因は ①政府の定期船建造主義により新造船が定期航路に進出②日本の経済復興が急激で輸送能力過剰を生じた ③戦後の経済民主化法により同盟の運営が制約④日本のカンファレスマインドの欠如 ⑤戦前でも同盟の権益を侵さないアウトサイダ-はあったが戦後同盟の権益に食い込む結果となったこと。
 
[14]欧米における印象 主として技術的事項について 日立造船常務取締役 桑原秀夫
・デンマークでの会議の模様 ヂーゼル機関のライセンスミーチングに参加した。会議は英語でやっていた。会議の段取り準備万端が行き届いていて会議は自動的にどんどん進んだ。デンマーク郊外をバス観光したが、指揮者がいなくてもうまく行事が進行していて感心した。
・スイスのガスタービン 世界で最初のガスタービン発電所を見学 蒸気タービンに比べ非常に小さいのに驚いた。 需要がないので現在のところ船舶用のガスタービンは現在のところ作っていないとのこと。
・イギリスでの工場見学 日本の造船所は英国の競争相手とのことで、造船所は手を尽くしたがどこも見せてもらえなかった、一方造機工場は軍の管理工場にも関わらず詳細に見学できた。イギリスは不思議な国と思った。
・ナピアーの試験研究 この工場の試験研究費は政府から50億円でエンジンの試作、改造を行っており、リバプールで量産を行う仕組み。
イギリスは衰えたとか聞くが、工業製品の発明・研究を奨励していることがよくわかった。
・イギリスの造船 イギリスは航空機(コメット機 ガスタービン機)でアメリカを10年引き離しており、造船でも5万トンのドライドックを計画する先見の明ががあり打つべき手を打っている。
 
お願い! 大阪港編集委員会 「大阪港」編集についてのアンケート
 
[17]港=皆戸 ~玄関ー一緒懸命ー人の和ーフェニックス 森昭人
大阪港は大阪実業人、大阪人全部の「皆戸(みなと)」でなければならない。港は料理屋でいえば門構えであり、門構えが良くなければお客は来ないし近い神戸港を利用ということになる。神戸はこれといった大工業がなく貿易立市に一所懸命である。神戸への抜け駆けはやめて、大阪で作った製品は大阪港通過を念願としたいもの。環状線も協会の努力によりメドがついてきたが、もともと梅田から神戸港まで40分、
大阪港まで1時間かかっていたのは辻褄の合わない話。愛郷心を発露すべき。大阪港はフェニックスのように戦後よみがえった。この大阪港を盛り立てるのが貿易都大阪人の急務である。大阪船積研究会も大阪港振興を重要課題として取り組んでいく。
 
[18]「港俳句欄」 句集 雪片より 高野素十
 
[19]海難についてー海難の原因と類型― 日立造船船舶営業調査課
 (シップビルディング・アンド・シッピングレコード10月15日号より)
 1953年のロンドン海運業者総会でのJ・ローガン氏(英国運輸省付主席船舶検査官)
の発表した論文の抜粋を記載
船舶の安全と効率に関する有益な知識は、海難の件数と原因を調査することによって得られる。この論文では1952年7月から1953年6月までの1500総トンから2万総トンの船舶についての一年間のロイドの海難報告から書かれた。海難事故の原因と分析、後尾シャフトの損傷の問題、救助艇とサービス、地理的分布について報告され、その後関係者間での討論の内容を記載している。
 
[23]倉庫講座 第一講 倉庫及び倉庫業 関西学院大学講師 有田喜十郎
 経済とは富を対象とし富の人間生活の性能を体系とする社会活動現象。経済活動は、経済価値の生産を意味する。経済は、「物の経済」と「価値の経済」に分けれる。倉庫業は「物の経済」に携わる。商業は社会制度による価値生産である。物と人の関係を改変することで価値を増加させる。商業は物を販売するものと保管、運搬、荷役するものに区分できる。倉庫業は施設をもって物についてサービスを提供する。商売は経済価値を生産増殖させる。物の人に対する関係でも価値を生成増殖させる。人間は時を持つ動物である。物を貯蔵することは人類の特性である。その蓄積によって恒常の経済活動ができる。物を保守保管する設備が「倉」であり、人類は人間の社会施設として倉庫をもった。
貨物は動産であるが自ら動けない、運ばれる荷役されることで人間の経済活動が果たされる。倉庫業は貨物を貯蔵保管するだけでなく、荷捌荷役を業務に含む。倉庫は貨物に時の価値を増す施設である。倉庫は人間社会に必存の公益公用設備であり、近代経済機構においてその重要性を増し経済の発展を誘導誘致するものである。
 
[25]「大阪港便り」(4)船舶用岸壁電話の本格的利用開始について
 
[26]大阪港に於ける水上生活者の実態 大阪艀船協会
 昭和28年9月大阪市民調査に艀船協会が協力して得た調査結果。
水上生活者804世帯1775人で全体の80%が港区、西区、大正区に集結し特に港区は約半数が生活している。大阪港の保有艀船は1599隻あるので約半数で水上生活が営まれている。世帯の約半分は一人世帯である。残りも夫婦、子供1,2人の家族である。世帯主の年齢は特に偏っていないが23~30歳までが多いとも考えられる。また水上生活者のほとんどが瀬戸内海沿岸県出身となっている。同居する子供が536人いて未就学児童が約6割いて136人は学齢に達し通学に困難を感じているのではないか、さらに38名は中学に艀から通学しているか学業を中止していないか憂慮する。
 
[28]「港ニュース」―振興会館の改装お目見得について
 大阪港振興会社(社長三宅正三氏)大阪港振興倶楽部(会長四宮忠蔵氏)の熱意と努力により改装工事が完了できた
[29]港湾統計 大阪市港湾局
 昭和28年9月まで入港船舶 出入貨物 外航船舶国籍別 大阪港輸移出入貨物品目種別状況 5大港構成比較
[34]税関統計 大阪税関 昭和28年1月~12月  輸出入額、トン数  全国主要港貿易額調他
会 報
 
 
 
 
 

大阪港 no.018 1953年12月(昭和28年)第04巻 第5号

[掲載ページ] 目次詳細・要旨
[01]最近の協会の動き
大阪環状線の建設促進の問題について  国鉄当局に対する陳情要請経過、鉄運建設審議会の一部委員との懇談、要請について
・大阪環状線建設促進に関する陳情書
・台風13号と大阪海難防止対策委員会の活動について
・近藤府港湾課長に欧米の地盤沈下対策の視察談を聞く
・昭和28年度協会事業の上半期貸借対照
[10]海運と税制 藤井敬一郎
わが国の海運業の復興は、戦争による損失、戦後損失補償の打ち切りにより立ち遅れた。国際競争に勝つためにも、利子補給をはじめとした海運助成が発足した。さらに根本問題としての海運税制を是正するべき。国税、地方税(特にシャープ勧告により海運業の特殊性を無視した体系を実態に即して抜本的に)改革すべきで、国においても地方制度調査会、税制調査会を設けて検討進めている。
  
[11]「港ニュース」
・大阪埠頭倉庫の新倉庫竣功(安治川第1号係留岸壁2号上屋背面”A”倉庫)
・山下汽船船山春丸の進水(日立造船桜島工場)
・日本水産図南丸船団南氷洋へ(住友岸壁)
 
[12]日英通商会議と磅貿易問題 小林忠一
日英のポンド貿易問題は①日本のポンド輸出の不振によるポンド貿易の逆調②ポンド手持ち資金の枯渇と資金手当て難③ポンド貿易調整のためのポンド輸入削減難である。解決にむけて、英国側に解決の熱意が見えなかった、日本も場当たり的な思い付きに左右された面があるが、来るべき日英通商会談により問題が解決され、ひいては世界貿易の発展に寄与することを念願する。
 
[17]人、タクシー、書類、報告書 関西学院大学講師 有田喜十郎
 戦後の日本経済は底が浅いといわれながら、人、タクシー、書類、報告書はどんどん増加している。戦前倉庫業では1人で200坪であったが今は100坪弱で人手をかけるなど、人をかけすぎている。事務を集約して書類を少なくして、記憶力を活用して頭で仕事をすないといけない。タクシーも多くなって、のろのろしていて逆に遅くなってしまうので、電車、バスを利用してスピーディにした方が経費の節約になる。
役所に行けば書類が山のよう、民間でも沢山な帳簿、書類でいっぱいである。書類を減らす努力が必要
 
[18]「港句会欄」  桐の葉港句会  野村泊月
[19]港湾行政の複雑なる実態について
 港湾行政の統一とその事務簡素化の問題解決は古くから港湾関係者の要望であった。港湾行政には国、地方公共団体が関り複雑となっている。(別表)港湾行政は助長行政と取締行政に分けることができる。港湾行政の一元化を助長行政の面で行う場合、強固な主体性を確立すべき。戦後アメリカから数度にわたる助言により港湾法ができ、大阪市が港湾管理者となったが、今後の動きが、これらの問題解決への重要な因子となる。
 
[22]世界造船界の趨勢 (モーターシップ8月号1953年)日立造船営業調査課
 1953年7月の注視することは、船舶建造契約のキャンセル問題の蔓延化と英国が、海運、造船産業の重要性を再認識した。
特に英国の造船業は世界の建造高に対する割合が減少しており回復するために施策を講じる必要ある。
 
[24]大阪港の盛土と防潮堤について 大阪市港湾局調査係
 高潮防御対策として実施している盛土と防潮堤について紹介する。
大阪港の西部はゼロメートル地帯となっており昭和22年の修築10ヵ年工事から盛土を行い25年からは独立的に港湾地帯高潮対策事業(防災事業)として港湾区域内で実施している(別図)。高潮対策として盛土を選んだのは、戦災で焼野原となっていたこと、河川内港化で浚渫土砂を活用できることである。盛土はジェーン台風(OP+3.8m)でも有効であった。盛土未完了地区(暫定的防潮堤)、非盛土地区(恒久的防潮堤)については昭和25年から防潮堤防災事業として開始した。盛土高さはOP+3.5m~4.5m(室戸台風以外の高潮への対応可能)とし、
工事は、築堤、浚渫土砂投入、乾燥放置の後整地、区画割を行う。防潮堤の高さはOP+5.0mとしている。施工状況は、盛土733haの内216haが完了(港区35%住吉区39%大正区23%此花区18%進捗)防潮堤は緊急性から昼夜工事を行い総延長16615mをすでに完了し水門等を残すのみで本年度内完了予定。事業は、盛土工事と防災事業、土地区画整理事業の3本立てで実施。事業進捗には用地買収、移転補償等が必要で市民の理解と協力を要するが、次第に協力も得て諸問題も解決に向かっている。工事も半分以上残っており一層の協力を期待する。
 
[28]港湾統計 大阪市港湾局
昭和28年度7月まで入港船舶 出入貨物 係留施設利用状況 外航船舶利用状況 5大港比
[35]税関統計 大阪税関
昭和28年1月~10月 輸出入額、トン数 全国主要港貿易額調
会報
 
 
 
 
 

大阪港 no.017 1953年10月(昭和28年)第04巻 第4号

[掲載ページ] 目次詳細・要旨
[01]最近の協会の動き
大阪環状線の建設促進問題の新たな展開について
・大阪環状線の建設促進について懇談会開催
・大阪環状線建設促進委員会結成
・堀港湾局長、国鉄当局に要請懇談
大阪港海難防止対策委員会の活動について
・海難防止対策実施要領の制定
・台風第6号に対する委員会の活動
・船舶関係者に対する周知徹底並びに協力方の要請
昭和28年度定期総会
 
[06]大阪港におけるサイロ計画の概要について 大阪市港湾局
 戦後主要港で輸入食料の取扱いがクローズアップされ、大阪港でもモッコ荷役からサイロ計画による荷役の近代的整備が必要とされるに至る。サイロは近代的荷役機械と倉庫形式を兼備した総合施設である。完成により年間数億円の間接的経済効果をもたらす。
大阪港サイロ計画:取扱い目標 20万トン/年 将来40万トン
水切り能力: 300t/h 実働可動能力 200t/h
貯蔵能力: 計画容量 25000t 予備袋詰倉庫 5000t
出貨能力: 200t/h(貨車、艀、トラック 同時2系統)
機械設備: 水切り施設(ニューアチック・コンベアー) 精選機(セパレター
計量器 包装機 各種輸送機械 吸塵装置
化学実験室 自動温度測定装置 燻蒸装置
建築物 接岸施設、ヘッドハウス、ビン(計画図、フローシート)
建設計画: 第1期 接岸、水切等 2期 ビン および上屋等
計画立案に当たっては、献、参考資料が乏しく、十分研究の余地がある。経済的運営としたため、今後バラ輸送の問題、燻蒸法とその処理、麦以外の穀物の取扱い、不良穀物の処理方法などの問題がある。
 
[11]利子補給の後に残る問題 藤井敬一郎
 外航船舶建造融資利子補給法の改正が行われ、財政資金は金利3.5%、市中銀行は5%となるよう利子補給を受ける。また固定資産税が0.4%に引き下げられたことにより、外航船については手厚い助成策が発足した。一方、外航船以外の船舶をどうするか、利子補給後の利益処分の問題、国の監督、検査の問題が残っており、日本海運発展の視点から解決を図るべき。さらに船価の引き下げの問題にも取り組むべき
 
[14]貿易の現状と現下の急務 日本貿易会関西本部参事 小林忠一
 日本の貿易は輸出不振、輸入超過、国際収支の悪化となっているが、原因はポンド圏の不振であり世界的傾向となっている。輸出では船舶が激増している。昨年に比して悲観するほどではないが満足もできない。ヨーロッパ諸国に比してドルの外貨手持ちが減少してきている。政府が有効な対策を講じてきていない。長期的国策の上に立った貿易立国策が示されていない。輸出躍進するには何を次のステップとすべきか課題である。貿易関係業界の相互協力体制の確立が急務である
 
[20]海運好況後の経済船 (モータシップ誌7月号)日立造船営業調査課
世界不況期に標準ディーゼル船が不況後の経済船となった。今回「ブーム後」の経済船を考える時期だ。採算のよい船を建造してこそ世界海運競争に勝てるのである。
 
[21]D.L.について 大阪市港湾局調査係
基本水準面(Datum Level)の説明
大正8年ロンドン万国水路会議で定められた、最低低潮面に相当する水準面で海図、潮汐表の深さはこの面を基準とする
 
[21]荷捌き施設等の整備促進へ 大阪市港湾局 土田八朗
港湾に求められる「本船速発」「港湾諸掛の低減」の為には港湾荷役の機械化を中心とする荷捌き施設の整備である。今回、荷さばき施設の整備促進、港湾用地の確保を目的に「港湾整備促進法」が制定された。その主な内容と条文
 
[24]「港俳句欄」 油団(高野素十)山居(関圭草)
 
[25]海上衝突防止法の改正について 近畿海運局総務部長 加味光太郎
 わが国が1948年国際海上衝突予防規則を受諾したことにより、今回海上衝突防止法が改正されたので、その主な改正点を説明
 
[33]地盤沈下の近況について 大阪市港湾局技術課 
地盤沈下対策として、地下水を一定の高さ以上に保つことが有効であるが、最近の臨海部における地下水位の変動と地盤沈下近況を調べた。昭和21年~26年沈下量、25年26年の沈下測度を調べた結果、最近の地下水位の低下著しく、沈下も顕著となってきているため、地下水位を低下させない対策が必要
 
[36]「大阪港」便り、台風13号について速報
台風13号の経過と大阪港海難防止対策委員会の動き速報
[37]港湾統計 大阪市港湾局
昭和28年度5月まで入港船舶 出入貨物 係留施設利用状況 外航船舶利用状況 5大港比
[43]税関統計 大阪税関
昭和28年1月~8月 輸出入額、トン数 全国主要港貿易額調 
[45]会報
  
 
 
 

大阪港 no.016 1953年07月(昭和28年)第04巻 第3号

[掲載ページ] 目次詳細・要旨
[01]昭和28年事業計画要綱  大阪港振興協会
1.大阪港復興修築計画の最短期完成方促進の問題
残余全工事を昭和28年度より5年以内に、特に安治川内港整備計画を向後3ヵ年以内に完成
2.既存港湾施設の拡充整備促進の問題
停泊施設整備、老朽上屋改装、関連諸施設の能率的改良整備
3.大阪港交通網強化促進に関する問題
・国鉄環状線臨港線建設促進
・高速4号線建設促進
・安治川内港と都心結ぶ高速自動車道路
・港湾地帯水上交通連絡船強化
・臨港地区道路整備促進
・応急的交通対策(市電、市バスの復活)
4.啓蒙宣伝、外航定期船誘致
・外航定期航路寄港促進ー大阪港の認識徹底
5. 通信網強化対策 6.海難防止対策 7.行政の簡素化 
8.その他(国際空港、臨海工業地区、自由港地区等)の調査研究
 
[03]最近の協会の動き
・環状線、臨港線建設促進の問題
・大阪港海難防止対策委員会発足
・港湾行政簡素化に関する意見書の提出(行政監理庁大阪管区監察局長宛て)
 
[05]海運助成政策の新段階 藤井敬一郎
朝鮮休戦が急速に実現過程に入った。日本海運の困難を乗り越え発展するために努力必要。
特に戦後日本海運が内部蓄積資本を喪失して、巨額の借入金に依存したことで金利負担が大きくなった。国際競争の中、経営基盤を国際標準並みに強化する海運助成が必要。日英新造船運賃コスト比較でも1重量トン一航海あたり、日本12.4ドル英国9.56ドルとなっている。
新造船に対する助成も行われてきたが、他の主要国の造船融資助成では極めて低金利、長期となっている。日本も金利を3分程度に引き下げ、15年以上の償還期間とすべき。また、シャープ勧告で船舶に固定資産税が課されることとなったが、要望により船舶税となり
軽減されることは喜ばしい。戦時中の膨大な損失に対する戦時補償が打ち切られことを踏まえ、国際競争の中でフェアープレイを
行えるよう新たな海運助成を行うべきである。
 
[07]仲仕の賃金制について 関西学院大学講師 有田喜十郎
 港湾はその機能から、仲仕、艀夫の良否に左右される。
これらの生活を安定させ、人心を収めるのが港湾業者の力を注ぐべきところである。
そこで仲仕の賃金制について考察する
 仲仕には、常雇と臨時雇い(日雇い)がある、賃金も時間給(日給、月給)と出来高給に区分される。通常臨時雇いは時間給、常雇は出来高給となっている。仲仕の確保には収入の恒常化と増給が必要である。港湾の労務は変動要因が多く仲仕の収入は安定しない。賃金制の団体出来高給と時間給の比較検討した。労働者の生活安定保障するには、収入を一定にする賃金定額支給制にする必要がある。それには生活調査を実施し生計必要額を定めて支給し、稼ぎ高が上回る場合は、積立させ、不足する場合は積立金から補足するなどして定額支給すべきである。このようにすれば、仲仕の品行が治まり、職務忠勤、勉励することにもなる。
 
[09]天保山の由来
 徳川後期、市内河川による土砂堆積より大型廻船は兵庫、堺港に逃れた。そこで11代将軍、徳川家齊が天保2~3年にわたり安治川・木津川の河口を大浚渫した。この時の土砂を堆積して、高灯篭で入港船の目印にし、当時の年号をとって天保山とした。高さ10間、周囲100余間と伝えられている。
 
 
[10]大型乾船渠(ラージドライドック)について 日立造船営業調査課 
 レスリー・チャップネス氏による海軍技術協会の論文を記載。
船の長さと幅の比率は船舶設計からすると船種により一定の法則があるが、喫水はドック、運河等の港湾施設により制限されている。
現時点では、全ての乾ドックも海軍の要求を受理しなければならない。乾ドックのサイズは、戦艦と航空母艦のサイズで決まる。英国では大型商船に対応したドックが不足している。将来は大型ドックが必要とされる。このようなドックを利用した船舶修理業が成り立つには、短期間の減価償却を認めるべきである。
・・以下ドックの経済性、大型ドックの使用方法について記載・・・
船舶の修理時間の短縮が世界的な海運競争の中で重要になることを英国は海運の現在の地位を保持するためにも十分認識すべきである。
 
[19]「港俳句欄」 野村泊月・関圭草
 
[19]港運事業信用保証協会発足の意義
 港湾運送事業の事業者の大多数は中小企業で事業資金枯渇のため経営が深刻な状況にある。そのため、港運信用保証会社を大阪市(港湾管理者)含め設立することになった。資本金 旧港運の清算金7000万円と公募2000万円うち1000万円大阪市出資の資本で出発する。
 
[20]「港まつり」は市民の手で 三保築志
大阪の港まつりは、昭和7年以来21回目となるが、神戸の港まつりに比べて、全市民的行事になっていない。神戸に比べて発育不良の感がある。明治時代の市民が大阪港を作るのにどれほど苦労したか、また大阪港が大阪市の発展にどれほど寄与したかを考えると、港まつりが全市的な祭に取り上げられても何ら不思議ではない。
 
[21]今年の「港まつり」の行事いろいろ
(1)記念式典(2)船艇行進(3)港めぐり(4)市民放送演芸会
(5)花火大会(6)海員港湾労務者慰安会
 
[22]世界の造船状況(マリンニュース4月号抄訳)
1952年の世界主要海運国(ロシア・ポーランド・中華を除く)100総トン以上の進水数は前年に比して増加し、一位英国、2位日本となったが英国の半数以下である。
 
[23]大阪港振興協会六ヵ年の足跡 振興協会事務局長 中島廣吉
大阪港振興協会が昭和22年7月発足して6年が早すぎた。戦争による荒廃から、関係各界、各社の努力により、大阪港は立ち直り戦前最盛時の3分の1までに回復した。協会は設立趣意書にあるように「働く協会」として努力してきた。この6年間の取り組みを各年度ごとに整理した。このような多彩、多角的、強力な取り組みができた根源はひとえに「人」であった。
 
[28]「大阪港振興協会」新役員名簿
[29]港湾統計 大阪市港湾局
昭和27年度2月まで 入港船舶 出入貨物 係留施設利用状況 外航船舶利用状況 5大港比較
[35]税関統計 大阪税関
昭和28年1月~5月 輸出入額、トン数  
[36]会報
 
 
 
 

大阪港 no.015 1953年05月(昭和28年)第04巻 第2号

[掲載ページ] 目次詳細・要旨
[巻頭]最近の協会の動き
大阪港海難防止対策員会の設置・港湾行政の統一簡素化の問題について・港湾地帯照明施設整備について
[01]昭和27年の大阪港港勢について/大阪市港湾局
昭和27年の港勢の諸要因:米国の再軍備計画の中だるみ、世界景気の後退、ポンド地域の輸入制限強化->国内貿易の不振->邦船の運賃同盟加入により配船可能区域が増加->機帆船、帆船が大幅に減少・船舶・貨物・乗降人員の状況
 
[06]「大阪港便り」・船舶用無線電話の開始について・後藤常務理事の学位授与について・特別会員の推薦について
 
[07]時事問題管見/日本貿易会関西本部参事 小林忠一
貿易関係で新聞紙上をにぎあわせているもの ①ポンド問題 ②運賃同盟問題 それぞれの問題と対応方策について
 
[11]「港ニュース」
新造船相次いで処女航海へ ・港水上署警備艇の増強について・南氷洋国際捕鯨船 図南丸大阪港寄港・横浜港振興協会発会(会長 横商会会頭 半井清)
 
[12]指定保税地域から自由貿易地域への発展について 保坂順一
米国における自由貿易地域を紹介する。戦時中、税関所有の保税地域は海運局に移管され、戦後は港湾管理者に譲渡された。税関は関税行政上の実質的保税地域をもたないので、他人の土地、建物に指定保税地域の網を張って、輸出入貨物を必ずこの地域を通らせて、貨物の通関手続きを迅速、確実に行おうとするものである。 自由貿易地域は欧州の自由貿易港と指定保税地域との中間で、利用者の利便、育成を目的としている。米国では繋船岸の一部、上屋の周囲に鉄柵等でかこみ、ここで輸入貨物の蔵置、小加工を行い再輸出の便を図っており(外国貿易地帯 Foreign Trade Zone)自由貿易地域と呼ぶ、その法的根拠制度、利点、料金について解説。日本も将来再輸出貿易が大きくなることが考えられ、その際関税行政が関門行政にならないよう、米国における制度を参考に、港湾管理者が臨港地区の開発を経済総合開発的見地に立って企画していくべき。
 
[15]大阪営業倉庫の推移 ー昭和25、26、27年ー 沼田平一
ここ3年間の大阪の倉庫業をデータでふりかえる
昭和14年 15.5万坪   戦前
昭和19年 20.7万坪
昭和20年  7.1万坪    終戦 統制会社「日倉」解体
昭和25年 10.2万坪 69.5%(利用率)5.0回  7.2回    朝鮮動乱勃発
昭和26年      71.2%     6.2回  9.1回 (回転率(オドリ)トン数・金額別)
昭和27年 13.8万坪 67.0%     5.3回  8.1回 
26年の好況以降、保管貨物の絶対量の減少により大阪港の倉庫業は不安定となっており今度どのように対処すべきか試練の時に直面している。
 
[19]「桐の葉港句会」「雑詠」 野村泊月選
 
[20]大阪地区造船工業について /日立造船営業調査課
・戦後の大阪の造船工業
昭和23年 鋼造船業者 23社 従業員 20595人 新造船能力 8.6万総トン(10%)修繕能力134万総トン(18%)昭和25年では、合理化、近代化により 主な鋼造船会社は尼崎造船、大阪造船所、佐野安船渠、塩山船渠、名村造船、日立造船、藤永田造船所、蓬莱ドック 8社11工場となった。この他鋼船兼木造船所7社 沖修理専門業者12社となっている 
・現在の造船工業
 鋼造船所12社16工場 従業員15000人 新造船能力 21万総トン(21%)修繕能力 357万総トン(28%)昭和20年から27年までの新造船は15.9% 修繕船実績は24.5%であった。
・今後の大阪の造船工業
 大阪の造船業の将来は(1)今後の造船政策(2)大阪経済の復興。特に大阪港の復興整備による造船業は多くの関連産業を有する、一大総合工業で工事の確保如何により関連産業への影響は大きいので国家的見地から造船政策を考えるべき。また大阪港の復興促進策が強く望まれる。
 
[24]大阪港に於ける機帆船の地位  /大阪市港湾局調査課
大阪港での機帆船を湾統計上概括すると、戦中の機帆船の統制は戦後も残り、近海汽船会社の元、中央機帆船組合と地方の地区機帆船組合に二分されて、激しい運賃競争となった。統制解除、自主運行への切り替えにより戦前の稼働率を維持する程度に回復した。大阪港は地の利で、機帆船が輻輳し、他の6大港でも機帆船が優位を占めている。特に94%が瀬戸内海沿岸からの入港となっており、安治川他2河川へ係留されている。取扱い貨物は、戦前は内国貨物の52%だったが、戦後は33%となっている。機帆船取扱いが戦後回復していない。出貨物でセメントなど、入貨物では土建材料、消費物資で入超となっている。仕向け地は瀬戸内海等で、近距離輸送は機帆船利用となっている。
大阪港は内国貿易に主生命を託しており、多数の河川を有する大阪港の機帆船輸送の優位は将来もかわらない。
 
[28]港湾統計 /大阪市港湾局  昭和27年1月~12月 入港船舶 出入貨物 5大港比較
[29]税関統計/大阪税関   昭和27年1月~12月昭和28年1~3月 輸出入額、トン数  全国主要港貿易額調
会報 大阪港振興協会定款
 
 
 
 

大阪港 no.014 1953年03月(昭和28年)第04巻 第1号

[掲載ページ] 目次詳細・要旨
[01]最近の協会の動き
大阪港復興事業 昭和28年度工事促進について〇電報要請 〇代表団による政府当局への陳情要請
大阪環状線並びに臨港線建設促進について〇 要望書の提出と陳情団の上京 
[04]「大阪港便り」大阪湾中航路の掃海完了の告示、岸壁船舶電話の開通について
[05]昭和28年のわが海運界/関西汽船文書況課長代理 藤井敬一郎
(1)一般国際情勢の分析
アイゼンハワー大統領となり、西側諸国に対してより多くの防衛負担をもとめるようになるだろう。自らの手で防衛させようという考えだが、米国の援助なしには国防強化は図れない状況。世界貿易を縮小均衡から拡大に転換させなけねばならない。チャーチル訪米にあたって貿易拡大になる項目を要望するようだ。
(2)世界経済と日本経済
世界景気の後退による27年貿易実績は対前年減少となった。それは、日本製品の競争力薄弱、通商航海条約締結の遅れなども原因。特にポンド地域の不振による輸入制限が影響している。米国も後半は景気停滞を予測。
(3)日本海運の進路
このような国際情勢から日本海運も手放しに明るいわけではない。船腹過剰は慢性的となり運賃市況にも影響を及ぼす。
日本はロイド船級協会によれば、新造船で世界一となっている。285万重量トンの日本船舶が外航路しているが、今後、国際海運競争をもたらし国による海運助成が必要
(4)わが国海運助成措置の新段階
海運政策は、外航船拡充に重点が置かれてきたが、内航船は、国鉄、機帆船に挟撃され経営が厳しい状況。戦時標準船が内航船のガンになっていて、148隻残っている。そこで新造船の建設と標準船の解体をセットにした、スクラップアンドビルド方式が策定された。
(5)船質改善助成実施要領
助成要領の説明 スクラップ化のための利子補給制度など
 
港ニュース
日台定期航路第1船大阪港を発つ〇石井運輸大臣大阪港を視察 〇松盛丸(藤永田)第5満鉄丸(佐野安)相次いで進水
 
[09]最近の為替貿易情勢と貿界立国策の強力な推進の重要性 日本貿易会関西本部
最近のわが国の輸出貿易は減退している。他方輸入は大幅増加となっている。その結果貿易収支は巨額の入超となった。貿易外収支は400万ドルの支払い超過となり日本の国際収支を極度に悪化させている。特需が減退しボンド地域との貿易不振が大きい。外貨の手持ちが大幅に減少している。経済復興、産業合理化、再軍備の資材獲得のため積極的に外貨獲得を図るべき。昨年下期の西ドイツの輸出振興策が成功した。
貿易立国を推進するためにも、国際的協調をしながら国際協力により貿易量を増大させて行かなくてはならいない。西ドイツの先例を手本に実効的貿易政策を展開すべき。
 
[12]大阪港艀回漕量の推移 /有田喜十郎
艀船業は艀船の船腹トン数と貨物量の関係が一番重要。景気の動向に合わせ絶えず貨物の動きに注意して、過去の数字を調査して、将来の見透しを建てることが肝要。大阪港は昭和23年、民間貿易が再開され、昭和24年には第3位になった。それにあわせ、艀も増加したが、昨年度は心細い結果となった。過去の整理が大切。24年度は、戦時中の大阪港運株式会社他3社が解体され、艀、曳船が元の業者に返還され4月から事業再開した。24年から26年にかけての大阪港艀廻船量の推移、26年までは順調だったが、27年は大幅に減少し前途多難と思われる
 
[13]世界の船腹 /日立造船船舶営業調査課
1.国別、船種別、船令別船腹の現状
 船腹は、英米等の海運国は戦前に比べ増加しているが、日独のみ2分の1から3分の1に回復したのみ
2.世界の建造中並びに受注済船舶
 1951年 貨物船425万総トン タンカー627万 客船等121万 合計 1173万総トン
 1953年 貨物船526万総トン タンカー946万 客船等114万 合計 1586万総トン 
 35%の伸びでタンカー建造比率が高い
3.船舶需要の見透し
 貨物量と船舶の質、荷役施設、輸送距離を考慮して検討する必要あり1956年における世界の商船(モータシップ誌10月号より引用)船腹過剰を考慮すべき。
 
[17]木船運送業と木船国家再保について
木船運送業は産業界で重要であるが、企業規模が小規模、零細なため把握、育成が困難。昨年、木船運送法が制定され、業者の登録、運賃制度の採用、営業保証金、標準回漕料制度が確立された。今回加えて国家が再保険する、木船再保問題を取り上げ、法案が上程されることとなった。港湾運送事業者にとってもその効果が期待できる。
 
[18]アメリカ港湾見聞記(8)/大阪市港湾局 根来実雄
 ロングビーチ港 その歴史、石油採掘で豊かになった経過 ・港湾施設・将来計画
[20]「指定保税地域」決定まで /大阪市港湾局
指定保税地域の決定に至る経緯については、前号で発表されているが、関税法の改正の経緯、大阪港としての意見、陳情により調整された経緯について輸出入貨物は税関手続きが完了するまで、一定の地域に蔵置しなければならず、この地域を保税地域という。保税地域が使用目的により指定保税区域、特許上屋、保税倉庫、保税工場に大別される。指定保税地域の指定、管理の説明と法改正の経過と法令対照および6大港湾協議会からの陳情書、大蔵―運輸省間での覚書、大阪港で決定された指定保税区域の表示、関税法の改正案から10か月をかけ慎重討議された結果円満に妥協点に到達できた。6大港湾で、指定方針、保管規則、保管料について全面的に修正意見を出した。現在、若干釈然としないところもあるが、今後関税行政の運営にあたって、港の発展に寄与し努力すべきである。それが法改正の趣旨にも合致する。
[26]港湾統計 /大阪市港湾局   昭和27年1月~10月 入港船舶 出入貨物 5大港比較
[29]税関統計 /大阪税関 昭和27年1月~12月 輸出入額、トン数 全国主要港貿易額調
[31]会報 第3回理事会、第5回大阪港復興推進委員会、第7回大阪港交通対策委員会合同会 議事録他
 
 
 

大阪港 no.013 1952年12月(昭和27年)第03巻 第6号

[掲載ページ] 目次詳細・要旨
[01]最近の協会の動き
大阪港指定保税地域設定等に関する委員会活動について、大阪税関長より要請があり、船舶、倉庫、港運、乙仲関係事業者、官公庁により
委員会を組織し議論を重ね、大阪港の歴史的特殊性を考慮した意見書を提出するに至った経緯
[03]商港に於ける上屋運営論 /保坂順一
(1)上屋の機能 水陸連絡貨物の荷捌臨時蔵置に使用するのが原則、臨時は各港により異なる。
(2)上屋の使用方法 一般使用と専用使用の違いとその設置目的。利用料の設定による効率的な運営方法  
(3)使用料算出の単位 多くは使用坪数で使用料算出している
(4)一般使用無料期間の存否 一般使用上屋の当初一定期間使用料を無料にする制度
(5)一般上屋回転率向上法 使用料率が低いと上屋が倉庫化され公共性が薄まる。回転率を高める利用料率の設定方法について
(6)使用料算出の期間 使用料を一定期間ごとと1日単位で徴収する方法があるが、今は1日単位が多いが一定期間で徴収する方法を工夫すれば回転率向上を図ることになる。
(7)上屋使用料の問題 使用料を低廉にしすぎれば、占領され逆に不公平となる。維持管理に使用料で賄えない場合は税投入となる、使用者が倉庫代わりに活用することも考慮して公平となるよう使用料率は定めるべき
(8)公営造物使用料観念の是正 上屋使用料を公営物使用料として算出する混同も生じ不能率、不便の原因ともなっており、本来公営企業として運営すべきものであり新たな管理方式を採用していくべきである。 
(9)公営企業としての上屋使用料算定の基準 東京港の例から収支償うためには倍額程度となる。
(10)公営企業運営の一形態 上屋はその特質から公益企業で行うべきものを造営物行政で行っている。経済的な運営ができない。そのため利用が進まず、利用料も低く、税が投入され不公平が生じる。公益企業行政に切り替えるために種々方策があるが、東京港では事業協同組合方式となった。上屋は公営造物とし条例で条例で運営は組合に一本化し、都の経費を削減する。大阪港は東京港と性格で似ており振興株式会社もあるため取り組んではどうか
 
[08]「大阪港便り」
大阪湾中航路(友ヶ島水道―大阪港の直航航路)の掃海完了・港湾労働者並びに海員のための港頭住宅竣成(港区4,5丁目)
 
[09]昭和27年の回想 /大阪市港湾局
昭和27年は、講和条約が成立し、再び独立国として出発、大阪港の港湾管理者が大阪市に決定された年である。
港勢:朝鮮動乱の休止により、特需急減するも大阪港では、外航船の寄港増加した
工事:此花区、港区、大正区、住之江区での港湾工事の実施概要
経営:・湾管理者問題 大阪市が1月1日より大阪港の管理者として港全体の開発発展を計る責任者となる。大阪府と、水面占用、河川付属物の帰属、公有水面埋立免許権(大阪市)と取り決めた。
・諸問題 掃海の完了 ・通信網体系の整備・港頭地帯局地交通機関整備として、バス路線の延伸を図った。・安治川第1岸壁利用状況 ・その他
 
[13]海運この一年の歩み /藤井敬一郎
4月の講和条約の発効により、造船海運産業が占領政策から脱し自由な自律的運営が可能となった。国旗の掲揚、日本のNK船級が国際船級と認められた。海運運賃市況は変動が大きかった。海運助成政策体系の確立のため、運輸当局においても審議が進み、分化委員会で答申が出された。その答申内容の詳細を記載。
 
[15]昭和27年の大阪倉庫業を顧る /沼田平一
この1年の大阪港の倉庫業の状況、倉庫業者数の増加(9月74社で戦前の5倍)所管坪数も9700坪増加、しかし戦前より17500坪少ない状況。朝鮮動乱で倉庫業もブームとなったがその後の綿製品等の市況悪化により利用率減少した。また神戸の接収解除倉庫が稼働したこともあり保管残高は減少または横ばい。量より価値の減少著しい。倉庫証券流通も1割ほどにしかなっていない。貿易量が倉庫に及ぼす影響大きいので、大阪港の貿易量増加に期待する。
 
[17]昭和27年の大阪港 港湾運送事業の回顧 /住友倉庫常務取締役 野崎金衛
港湾運送業等統制令の廃止後4年空白時代であったが、昨年5月に港湾運送事業法が制定され今軌道に乗ってきた。1月から9月実績
(1)艀回漕実績 (2)艀運用状況 本船関係83%で505万トン、それ以外は陸陸(3)積載状況 積載率は艀トン数の80% (4)稼働状況 月平均4.8回  、外航船荷役実績 荷役船884隻(164万トン 内邦船385隻 73万トン)、揚荷 125万トン(内邦船46% 外国船54%) 積荷 38万トン(内邦船39% 外国船61%)、揚積とも外国船が邦船を上回った。7~9月は夏枯れと台風で極度に閑散。業者間の相互援助必要
 
[20]昭和27年度貿易実績と来年度の見通し /日本貿易会関西本部
内には講和発効による為替貿易管理権の日本への移管、為替貿易制度の正常化、外には英連邦輸入制限強化、米国関税引上げなど保護政策傾向の台頭、そのような中、貿易実績は比較的良好となった。28年年度の見通し ポンド圏、A/O圏(最適通貨圏)、ドル圏との貿易額の推計
 
[24]アメリカ港湾見聞記(7)/大阪市港湾局 根来実雄
ロサンゼルス港について(その2) 他港に比べて市有施設が多い 2.港湾施設 3.財政状況 4.最近の改良事業(バース、上屋、市場、倉庫、焼却施設、レーダー)の詳細
 
[27]舶用ガスタービンの現状 /日立造船船舶営業調査課
船舶用のガスタービンの可能性について、現在タンカーで装備する計画あるが船舶の場合は、燃料消費の問題で、陸利用ではガスタービンはスチームに勝るが、一方船用ヂィ―ゼルエンジンに優れる見込みがない。たとえガスタービンにボイラー油を使ってもヂィ―ゼルの2倍も燃料代がかかる。軍艦などの特殊艦艇で利用されるが、研究は継続する必要あるが、当面は使用する必要はない。
 
[28]酔筆 /辰巳商会専務取締役 瀧田幸次郎
お酒にまつわる話をいくつか書いたが、酒の歴史で、最初は口で噛んでためることから始まり、般若湯、僧房酒、河内の天野山金剛寺が有名になり、慶長に鴻池新右衛門が良酒を発明、徳川時代に伊丹で剣菱、男山が作られ、徳川末期には灘酒が日本一とうたわれた。酒の飲み方、甘口、辛口、燗酒(湯カン、友カン、スルメカン)あるが湯カンが一番。
 
[29]港湾統計 /大阪市港湾局 昭和27年1月~8月 入港船舶 出入貨物 5大港比較
[32]税関統計 /大阪税関 昭和27年1月~11月 輸出入額、トン数他
[34]国際港湾会議 /A・B・C生
戦後独立してはじめて神戸で国際港湾会議が開催された。会議に向けて、国内準備委員会、協賛会が組織された。堀港湾局長も準備委員会に参加し、大阪港宣伝用の英文パンフレット、大阪港図を刊行した。10月9日に神戸商工会議所で参加16か国80名で開催、髙松宮、村上運輸相、山県国務相など臨席。港湾の管理運営、施設の改良、運営の能率化について議論された。次期はロスアンゼルス港と決定。大阪港は中井市長、堀局長を代表で出席、局長から大阪港を紹介。市営港としての大阪港、貨物港的性格を持つ港、トン数では入超、価格では出超。取引は東南アジア、アメリカ中心。港湾の管理責任者は大阪市、防波堤14370m、港内水域面積1612万㎡水深9~10m、河川筋4~7.5mなど、上屋倉庫官民で30万㎡、ポートサービス、曳船、給水、綱取を行い本船のクイックヂスパッチを図っている。港湾工事の詳細、地盤沈下状況についても説明。「利用しやすい港」「能率化された港」の実現に努力している旨PRした。翌日午前中は参加者による大阪港の見学、市内見学などに向かった。
[37]会報 
 
 
 

大阪港 no.012 1952年10月(昭和27年)第03巻 第5号

[掲載ページ] 目次詳細・要旨
[01]最近の協会の動き
・大阪港復興促進委員会の設置と促進運動
復興10ヵ年計画は5年経過もその進捗は30%にとどまって、市の財政状況から完成が危ぶまれたため、復興推進委員会を組織して、市、国各方面へ陳情活動を行った。その中で来阪中の吉田首相、池田蔵相に直接要請し、蔵相から起債枠についての特別の了解を得て4億あまりの起債認可申請を行うことになった。
・環状線臨港線問題に関する大阪港交通対策委員会の動き
・国際港湾会議代表団1行大阪港を視察(中井市長主催歓迎会)
 
[05]景況の変転に耐えよー海運の近情ー /藤井敬一郎
戦後の国際競争に耐える商船隊を再建するのは、占領政策下の制限のある中困難であった。朝鮮動乱を契機として戦後の沈滞を打破できたが、その後の軍拡のスローダウンと共に市況が急転、世界貿易縮小傾向によって、日本海運の深刻な問題となった。大型外貿船については・長期造船金融機関の確立・造船融資金利引き下げ・造船合理化によるコスト引き下げなど実施しなければならない状況となり、現在2法案が検討されている。一方で、中小内航船は助成策も少なく、打開のため内貿船主会が発足した。特に内貿貨物船は助成措置がない。現在の不況下に堪えて将来の進展につなげるべきだ。
 
[06]「大阪港便り」 ・大阪港の通信網体系の整備完成近い
 
[07]所謂「輸出権制度」の問題について /日本貿易会関西本部
日本の貿易業界で「輸出権制度」が問題となっている。これは輸入促進のため輸出にプレミアムを付す複数為替制度である。これは日本側で輸入促進されないと貿易拡大できないことによる。輸出権制度の骨子と問題点、特にインドネシア貿易を例に輸出権制度を実施すべきでない。打開策としては、財政資金による緊急物資の大量輸入に活路を見出すべき。一国ごとの為替操作から、多国間の相互的な決済方式を目指すべき。輸出権制度は抜本的解決策にはならない。
 
[11]海の横顔(1)/A記者
ヒッポック火山の難民救済、マヌス島の戦犯輸送を行った、大阪商船の伊藤武雄氏が同姓同名5人が集まって、東京会館で昼食をとった時のエピソード
 
[11]「港ニュース」(1) 木津川掃海後の大型第1船(ギリシャ船ニコラス・バペラス号)入港
 
[12]住友倉庫築港5号倉庫に用いられた新しい基礎について /大阪建築事務所専務取締役 高橋慶夫
大阪港の地盤特性と住友倉庫5号倉庫の建設にあたって用いられた工法、淀川のデルタ地帯である大阪は地盤対策が欠かせない、特に東京等に比べ支持層が相当深く長い基礎を打つのは経済的に不利である。そこで、築港5号倉庫では圧密沈下、せん断沈下を考慮しベタ基礎で一部建物全面を掘り下げる工法を採用した。その理論的根拠もともと絶対沈下のない建物を建築することは無理で素人に不安を抱かれないよう使用上差支えない程度の沈下は予想の範囲にあるように設計することが大切
 
[18]新造船価格に就いて /日立造船営業調査課
船価は種類、契約内容によって異なるので単純な比較はむずかしい。1表は戦中の100総トン以上の1総トンあたりの船価 2表は戦後1次~8次の新造船計画による契約船価 3表は英国の貨物船船価の推移。日本の船価は英国より10%~25%高いが納期が2年と早いので競争力あるが今後はわからない。4表は船価の原価で日本は75%が材料費であるが、英国は50%で、労働賃金が上昇すれば船価に跳ね返る。造船コストの低減は ①産業輸出競争力の拡大 ②造船業自体の輸出産業化により外貨獲得に有効である。利子補給等の法律が成立すれば実質利子が9.5%→5%になり競争力を保てるので、国会解散はあるが国による制度を充実させるべき。
 
[22]アメリカ港湾見聞記(6)/大阪市港湾局 根来実雄
ロサンゼルス港について特に興味をもった
(1)大阪港と歴史的、地理的、その他の諸条件がよく似ている
人口港、市営港、都心と離れている、背後に巨大なヒンターランドを有する。サンフランシスコ(天然の良港)との競争、埋立による地盤沈下など 、ロサンゼルス港は5人による港湾委員会が組織され、その統制下に市港湾局がある。(委員は市長により任命、無報酬)
  (参考)ロサンゼルス港と大阪港を歴史的に比較した年表
     
[24]「港ニュース」(2)
・住友倉庫築港5号倉庫完成 ・杉村倉庫福崎SB51号倉庫完成 ・山下汽船 山月丸進水・かるほるにや丸 完成 ・木津川筋初の大型船進水
 
[25]港湾経済論序説 /関西学院大学講師 有田喜十郎
大阪商工会議所で港湾協会主催の講演会の講習内容を転載したもの。港湾経済についての概況、港湾のそもそもの機能、港湾での経済活動の内容種々雑多な港湾という「場」において、統一され総合されてひとつの機能を発揮する。そこに研究対象としての港湾経済がある。その特質は、(1)発着点の経済活動(2)港を土台とする活動(3)港湾一体の総合的概念(4)交通運輸の中継(5)設備施設が活動の源(6)公共性(7)設備の固定化(8)サービス業(9)工事の変更、改廃(10)都市の経済力が港湾修築の力(11)運営の公平
これらの特性をもった経済活動を学問として体系づけられるか、そのアプローチの仕方関西学院大学の山本五郎先生が最初に港湾経済学問領域として樹立した。
 
[29]俳句欄
[23]港湾統計 /大阪市港湾局
 大阪港入港船舶・大阪港出入貨物(昭和27年1月~6月)5大港湾入港船比較、海上出入貨物トン数表(昭和26年1月~昭和27年2月)
[26]税関統計 /大阪税関 大阪港輸出入額及びトン量(昭和27年1月~8月)
[35]港の宣伝 /A・B・C生
大阪港の宣伝が足らないという声がある。単に港まつりをやるだけでは認識不足。そもそも、港湾の宣伝とは、誰が担うべきで何を行うべきか。多くの船舶の入港を誘致するだけでなく、市民への理解を得る考えもある。定義を明らかにして、その主体は港湾管理者だけでなく、それぞれの分担で業者、会社、振興団体行うべきもの。港湾管理者には宣伝部門の組織化、だれに何をPRするかが大切。外国港の利用宣伝では「ポートセーリング」といわれて積極的になされている。刊行物、催事、組織化、様々な方法で発信する計画を作るべき。大阪港の宣伝をやって日本海外に大阪港を知ってもらいたい。
[36]会報
 
 
 

大阪港 no.011 1952年07月(昭和27年)第03巻 第4号

[掲載ページ] 目次詳細・要旨
[巻頭]昭和27年度事業計画要綱
 大阪港振興対策を強力に推進するため、定期総会において、以下の昭和27年度事業計画要綱を決定した。1.大阪港復興修築計画の最短完成方促進の問題 2.既存港湾諸施設の改良整備促進の問題3.港湾地帯交通、通信網の強化促進の問題
(1)交通問題に関する対策 イ)国鉄臨港線、環状線の新設促進の問題 ロ)大阪港と都心を結ぶ高速度鉄道計画の促進 ハ)大阪港港頭地帯水上交通連絡線の強化に関する問題 
(2)通信網強化の対策
4.大阪港に対する啓蒙宣伝並びに外航定期船誘致等に関する諸対策の問題
(1)外航定期路線の大阪港寄港促進について(2)大阪港に対する認識徹底のための諸対策
5.港湾労務確保に関する諸問題 6.大阪港艀船整備確保に関する問題 7.その他臨時発生する諸問題に関する対策
 
[01]日本を中心とする運賃同盟の現状と動き /大阪商船調査部
運賃同盟は独禁法等の提要除外で認められており、総司令部より12の定期航路の復活が許可されている。既に外国船による運賃同盟が結成されている場合、あらためて加入が必要である。定期航路の現状をまとめた。
・琉球航路  大阪商船、三井、山下、日本海、関西汽船 5社で運営 日本ー琉球運賃同盟を結成。2重運賃制を採用
・南米航路  大阪商船 に許可 すでに、オランダ、アルゼンチン船会社運航 3社で極東リバープレート・ブラジル運賃同盟結成
・バンコック航路 大商船、関西汽、三井、NYK、川崎、飯野の6社 すでに外航船メルスク社等7社運航 日本ータイランド運賃同盟結成
・インドパキスタン 大商、山下、新日本 ・NYK、三井 ・国際ライン 3グループ 英国ビー・アイ社等配船・・・運賃同盟結成の動き
・紐育航路(ニューヨーク) 三井、NYK、大商、新日本 ・ 国際ライン(東邦、飯野、三菱、日産)2グループに許可、ドル箱路線である。
日本―北太平洋岸 日本太平洋運賃同盟(日本含む 20社)日本ー北米西岸  日本大西洋運賃同盟(日本含む 15社)への加入
復路は 別に 極東運賃同盟(米大西洋→日本)太平洋西航同盟(米太平洋岸→日本)への加入必要
・ラングーン・カルカッタ路線 大商、NYKに許可 現在、ビー・アイ、インドチャイ2社 日本ーベンガル湾運賃協定あり
・インドネシア航路 大商、東京船舶へ許可 ジャワ同盟(ロイヤル・インター社の反対)ブランケット・クリアランスを得ていないが、東京船舶が第1船を出した模様
・韓国航路 17社に総司令部許可 運賃同盟結成されず・欧州航路 NYKに許可 すでに強固な欧州航路同盟が結成されてる。
・台湾航路 11社に許可 中国政府が邦船に対しブランケット・クルアランスを与えていない・香港、海峡地航路 NYK、大商、三井が同盟に加入
・豪州航路 NYK、大商に豪州海運同盟より招請あり交渉最終段階
     
[03]「港ニュース」(1)6月中 入港外航船舶最高記録達成 120隻 約54万総トン
 
[04]戦後の大阪港―最近6カ年の港勢 /大阪市港湾局
戦後の大阪港の港勢の概括
1.終戦より昭和22年まで
戦災により ①上屋65%倉庫50%焼失 ②軍事利用、維持補修の遅滞により港湾設備が消耗欠陥。③港内航行は機雷等で危険 ④臨港地帯の地盤沈下は平均満潮面下になる状態
21年22年で応急復旧工事を実施。23年までは貿易港として活動できず復興資材入荷港として最低限の機能のみ(戦前の10%以下)
2.昭和23年以降
昭和23年3月より一ヶ月 米極東海軍モルトン少佐指揮で掃海が行われ、8月に戦後初の外国船入港し貿易港として再出発。上屋45棟、倉庫179棟、荷役機械312基で戦前の半数に回復
入港船舶:23年より外航船入港増加 26年で1千隻に達する。
出入貨物:25年のジェーン台風で一時減少したが26年には戦前最盛期(14年)の30%に回復した。6大港では横浜に次いで2位となる。 
外国貨物:25年に日本船の定期航路が復活、26年に日本9社外国14社の定期航路,輸出入貨物は横浜、神戸に次いで3位となる。
3.むすび 戦後港湾利用の制約あったため、大阪市の繊維製品の輸出、原綿の輸入の大部分が神戸港を利用することとなったが、復興事業が進展するにつれ、今後日本の貿易が対米からアジア貿易に重点を移していけば、大阪港はより発展する。
 
[09]「港ニュース」(2)・第20回「港まつり」記念行事いろいろ・豪州航路第1船、大阪商船大阪丸就航 ・戦後外注第1船テイニー号艤装完了、北米に向かう
 
 
[10]艀夫の居住問題について /関西学院大学講師 有田喜十郎 
大阪港の艀、戦前昭和18年6409隻57万トンだった戦後26年で1615隻18万トンで,いずれも日本一多かった。大阪港の海上貨物の60%を艀が占める。ことは艀で河川運河を利用して、市内奥地、工場、倉庫に運ばれることが多かったため。大阪の経済活動の主動力は艀と言ってもいい。その艀夫の居住問題について取り上げる。 大阪港の艀の場合、艀船内に住み込んで起居する、一般の工場労働者に比べ責任重く、また家族生活、子女の教育も考える必要ある。艀夫の特徴 ① 艀夫が乗船する艀単位で成績評価される ② 艀、積荷に対する艀夫の責任は絶対的である。②艀夫が家族と居住する場合、艀の船頭として責任者となり、艀業者から艀を預かり運用航行する雇用関係になる。
[11]大阪港を俎上に /港湾担当第一線記者座談会
新聞社6社の記者を交えて座談会の主な意見
/大阪港修築計画について
〇第1号係船岸、平林の1、2号貯木場整備されたが利用されていない 〇大正区の貯木場移転問題いつ片付くか〇交通問題無視している 〇国鉄が公社になって独立採算になったから 〇大正区の木材商人は土地に執着ある〇交通問題、換地問題バラバラで統一感ない 〇各省の縄張り問題絡んでる 〇港湾の修築工事は都市計画としっくり結びつくべき〇地盤沈下の問題に画期的な手が打てってない 〇工業用水計画立ててある。
/港湾施設の問題
〇此花=築港=大正=住吉を結ぶ交通機関がない 〇港湾業者は艀あるから陸上交通に関心が薄い。〇沿岸荷役もう少し機械化したら 〇民間業者の資本の問題 〇機械化による失業問題どうするか〇公的倉庫増やしたらどうか 〇公営倉庫論は時代に逆行
/港頭地帯の問題
〇神戸港を目の仇にしている 〇逆で神戸港が大阪港をおそれている 〇大阪港は大陸貿易軌道にのらないとだめ〇船員には大阪港の評判悪い、娯楽施設もない、都心に行く不便 〇港湾計画にあった港頭地帯の建設必要〇港振興会社だけでは心細い 〇一つの土地会社つくっただけではだめ 〇振興会社は眠っている〇ぺんぺん草が茂っている懸念 〇”潮湯”に替わる新名物必要 〇水族館建設問題は立ち切れでおしい
〇港の宣伝力足らん 〇神戸は港の問題で一致団結、市民によく認識されてる〇大阪人にとって大阪港は裏口か抜け道ぐらい 〇「港まつり」でも大々的にやって宣伝すべき。 
 
[13]夏  枯
夏枯れはもともと芝居・寄席・料亭・遊郭の言葉、近頃は日常挨拶代わりに使われる。景気に関連した挨拶で大阪人らしい。夏枯れは冬枯れから来たものではない、明治ぐらいから使われだしたもの。暑季は生活では消費を抑えられるが、職業では忙しくなる業種もある。多くの人が挨拶で”夏枯で”を使うのもどうか、逆に身軽くなれる夏に大いに働いておきたい
 
[14]アメリカ港湾見聞記(5)/大阪市港湾局 根来実雄
ポートオーソリティが経営しているものの詳細
 2)空港(ラガディア空港、ニューワーク空港、ニューヨーク国際空港、テターボロー空港)・空港使用料、売店収入、駐車場収入等
 3)港湾修策将来計画の概要   ・ニューヨーク市水際線の開発計画 総合産業施設の建造・ニューワーク港 ・ホボケン
 4)非営業的業務
 
[18]「みなと」祭りの由来 /港湾局調査係
港まつりも今回20回目となったが、その由来を調べた。最初は昭和4年の第2次修築工事完成式典の際に近藤博夫港湾部長から列席者に相談あったということである。その後大阪海陸協会で取り上げられ大阪港記念日制定に関する委員会で議論され昭和6年大阪市等団体に陳情し了解を得た。関大阪市長とも懇談を行った。昭和7年7月15日市港湾部主催で「第1回みなと祭」が挙行された。次回以降については、大阪港記念日協賛会を組織して実施することとなった。事務所は市港湾部内に置いた。第1突堤基部に天幕をはって祝典を開催した。第3回より大阪市行事として市民の関心を深めた。特に2突付近での花火大会は圧巻となり港まつりの名物となった。昭和14年日支事変以降は祝典のみとなり余興は中止となった。終戦後昭和21年中突上屋内で挙行され、22年度は振興協会が市と協力して運輸大臣以下参加の盛大なものとなった。
25年はジェーン台風で企画を中止した。
 
[22]「港俳句欄」/桐の葉港句会/野村泊月選
[23]港湾統計 /大阪市港湾局
大阪港入港船舶・大阪港出入貨物(昭和26年1月~12月)5大港湾入港船比較、海上出入貨物トン数表(昭和26年1月~昭和27年1月)
[26]税関統計 /大阪税関 大阪港輸出入額及びトン量(昭和26年1月~12月 昭和27年1月~5月)
[27]会報 最近の協会の動き    大阪港振興協会役員名簿 協会定款 
 
 
 
 

大阪港 no.010 1952年05月(昭和27年)第03巻 第3号

[掲載ページ] 目次詳細・要旨
[巻頭]最近の協会の動き
・大阪港交通対策委員会(委員長:関経連副会長 栗本順三)の設置と諸対策の推進・大阪港の電気通信網確保の問題について
[01]昭和27年度大阪港工事計画について /大阪市港湾局
27年度予算872百万円で、防災面、臨港鉄道、道路に重点を置く。地区ごとの工事内容・此花区 桜島梅町の盛土および防潮堤工事他
・港区 安治川内港化工事 臨港鉄道の盛土工事他 防潮堤3.4km・大正区 大正内港の浚渫他 防潮堤1.5km・住吉区 平林第3貯木場の浚渫完了後の残工事
 
[02]「港ニュース」
・木津川の掃海完了と安全宣言 ・南極捕鯨図南丸船団大阪帰港・水上消防署新庁舎完成・中央突堤灯台完成
[03]一般外航事情について /商船三井取締役営業部長 津山重美
海運は日本の自立経済達成のため重要であるが、自国の外航必要船腹量は400万トンとしているが、現在35%に過ぎず、低利の船舶融資などを活用して増強しているが、特別な施策を要する。戦前、定期航路70%m、不定期30%だったが、現在逆の割合になっており、今後通商協定が各国と締結されれば定期配船が増加する。運賃市況は朝鮮動乱もあって、一時高騰したが現在は軟調となっている。講和発行により、日本船は日本の国旗をつけれるようになった。今後各国と航海通商条約を締結する必要がある。日米で交渉進んでいる。
 
「大阪港」便り ・大阪港港頭地帯電気通信網強化促進に関する要望について 
 
[05]戦後のわが国造船界を回顧する /日立造船船舶営業調査課
 日本は、戦前600万トンの船腹をもつ世界第3位の海運国であったが、戦後130万トンとなり大洋航行可能船舶は数隻だった。造船界は戦中は年間173万トン建造した記録があるが戦後連合国によって厳しく建造が規制された。その後徐々に緩和され昭和23年ストライク勧告で400万トン保有毎年40万トン建造が許された。昭和25年では国際船級船は23隻12万総トンにすぎなかった。造船業建造能力80万トンあったが年10万総トン内外で、操業継続困難であった。造船業崩壊の危機もあり、占領軍の援助で第5次新造船計画が定まり、手持ち工事量で世界4位まで躍進した。しかし事業量は依然不足し、中小造船所は閉鎖、さらにポンド引き下げもあり、大造船所も合理化を進めたが鋼材の高騰もあり英国には勝てなかった。そのような状況で、海外からの傭船、買船で対応との意見も出て運輸省と通産省が正面衝突した。朝鮮動乱以降の世界的再軍備により世界の船舶不足になると考えられ、自国での建造促進となり造船ブームが予想された。日本の造船業も近代化、合理化を進めたことで、国際建造船価に近づいた。しかし主要19造船所の建造能力60万トンからすれば余裕があり、日本の商船隊を復興させるためにも輸出船の増強を図るべきである。そのために借入金の金利低下、償還期限延長、定金利長期融資制度の確立が必要である。
 
[11]大阪港の艀回漕業の回顧 /住友倉庫業務課長、関西学院大学講師 有田喜十郎
1.昭和26年の大阪港の艀回漕の実態を統計データで回顧する。2.貨物事情 大阪港の艀貨物は増加傾向にあり25年に比べて著しく伸びた
3.艀運用状況:本船関係稼働73% 陸―陸など27% 積載率80~84% 艀稼働回数 月平均5.4回
 
  
[13]最近の内航貨物船とそれを繞ぐる諸問題 /伊藤正雄
戦後著しく狭小となった内航路は悪条件の累積により楽観を許さない重大段階にある。内航運賃市況:25年に内航運賃同盟結成以来、青表紙運賃率より30%引き上げ赤表紙運賃として実施されているが、採算は悪化している。外航高の内航安となっている。内航船腹量と船腹構成:100総トン以上の日本商船隊 1019隻 334万重量トン うち内航358隻60万重量トン,内航船隊は在来船24%戦標船75%で、内航は低性能、老朽船で占められている。内航不採算の根本原因:稼行率、稼働率の低い不良船、燃費の増高、荷役力の低下、修繕費の増高等々低運賃と国鉄運賃による圧迫:国鉄運賃が政策運賃であり内航船の商業的採算運賃を圧迫している。民業を著しく圧迫している。石炭以外は海上輸送が割高になっている。今後の対策:スクラップアンドビルドによる合理化。中共貿易への期待。
 
[15]「プリムソール・マーク」について
船腹についているPrimsoll Markについては、英国において過積載貨物により海難事故が絶えなかったため、サミュエル・プリムソール氏が研究して積載限度を規定する法律を施行させた。積載目安となる水平線を船腹に表示することとなった。米国ではロードラインとして最大喫水視線を示している。季節、地域より(水質、寒暑)で積載可能限度が変化するので水平線も何本かひかれている。
 
[16]アメリカ港湾見聞記(4)/大阪市港湾局 根来実雄
 ニューヨークポートオーソリティの詳細(続き)
 4.財政状況(起債により事業費を調達)5.所有施設の概要と現行業務(独立採算制)1)営業的施設と業務(収支年次表1932~1947年)・橋梁とトンネル ・輸送施設(オーソリティビル、自動車ターミナル等)
 
[20]大阪港に対する大阪船主会の要望について
大阪船主会より、大阪港に対する様々な問題についての要望書が提出されたので、要望事項と、関係先のそれに対する意見を表形式にまとめたもの
 
[23]港湾管理者の行う統計調査について /大阪市港湾局 田村文男
港湾の統計調査は明治の資源調査に変わって昭和22年の統計法に基づき全国画一的に毎月実施される。これらは指定統計であり、国家委任事務に属する。一般の統計調査:日本の統計調査の問題として科学的要素を欠いた調査は労多くして実益少ないものになっていた。アメリカ統計視察団団長ライス博士の指摘 ・統計の重要性の認識・統計の専門職をつくること・統計を一元的に管理すること、逐次統計の統一簡素化を図るべきこと。港湾管理主体の統計調査は如何にあるべきか:海運、貿易に多くを依存する日本にとって港湾の実態を明確にすることは総合的な国策樹立上不可欠である。全国一律に調査した場合個々の港湾の特異性が出にくくなるので調査に幅をもたせるべきである。静態調査の簡易化、調査機構の一元化を図るべきである。統計調査区域の設定、陸域の確定、その利用にあたって計画担当を取り込んだ組織、港の普及、啓蒙活動への利用、予算の確保などを行い役立つ港湾統計へ前進したい。
 
[26]統計調査 /大阪市港湾局
大阪港入港船舶、大阪港出入貨物(昭和26年1月~12月)、5大港入港船舶、出入貨物トン数比較表
[29]税関統計 /大阪税関
大阪港輸出入額およびトン量(昭和26年1月~12月 27年1~3月)全国貿易統計図表(その1)全国主要貿易額比率表  全国貿易統計図表(その2)主要品別輸出入額
[32]会報 大阪港振興協会役員名簿 協会定款
 
 
 
 
 

大阪港 no.009 1952年02月(昭和27年)第03巻 第2号

大阪港港灣管理者新発足記念
 [掲載ページ] 目次詳細・要旨
付録図面 大阪港の港湾区域図 (昭和27年1月1日 大阪市港湾局)
[01]祝 辞 /運輸大臣 村上義一
大阪市が大阪港の発展の責任主体になったことは、画期的なことで、過去数十年の大阪市民の不断の努力の賜物である。大阪市民の、市民による、市民のための港湾となったのは憲法の地方自治の本旨に則るもの。今後、内港化計画、陸上交通網、防災施設整備が必要である。これらには大きな財政負担を要するが、国もできる限りの援助をするが、地元管理者の熱意と努力をもって大大阪港が確立されることを期待する。
 
[02]大阪港港湾管理者の発足に当りて /大阪市長 中井光次
1952年1月1日大阪市が大阪港の港湾管理者となったことは、大阪市政史上にも特筆されるべきことである。大阪市は明治30年以来独力をもって、営々辛苦大阪港を建設経営して参り、この努力は遂に我が国にも珍しい市営港として、日本の代表的港湾にまで発展するの成功を修めた。再起不能かと危ぶまれた大阪港だったが、起死回生の十か年港湾修築工事を計画して再出発した。戦後最大の港湾工事で大阪市においてのみ、よく実施出来る工事であると誇り得るものの一つである。戦後の日本自立と貿易ー港湾の一連の関係は国の主要課題であって、特に港湾の近代的な運営に対してはアメリカの熱心な指導があり、かくして一昨年5月31日に新しく港湾法が成立した。
 
[03]港湾管理者設立の経過について /大阪市港湾局長 堀威夫
港湾法が成立して、大阪市が港湾管理者になるまで1年7か月を要した。大阪市議会、府議会の議決を経て決定したが、港湾区域については運輸大臣の認可を必要としたため、特に市内3河川区域を港湾区域に包含する場合、建設省の了解も必要となり、河川と港湾で許可権限が重複しないよう府市で協議し、国、府市により最終的に、重複区域における管理の基本方針を確立し、府市で協定し港湾区域が確定した。
 
[04]管理者の発足に当って /大阪港振興協会会長 近藤博夫
大阪港の管理者が大阪市となったことに感慨深い。大阪市民が「築港」に注いできた熱情と努力を考えると、港の経営を大阪市に任せてもらっていいと考えていた。港湾法のねらいがターミナル・コーポレーションのサービス思想に基づく事務的、能率的サービスの向上にあるので、港経営に十分反映させるべきである。今回を新たな出発として大阪らしい、市営港らしい、新生面を拓いていってほしい。
 
港ニュース(1) 山福丸処女航海へ
 
[05]大阪港復興の重要性 /大阪商工会議所会頭  杉道助
大阪港が、人工港というハンデ、戦災、台風による壊滅的な被害により、横浜・神戸に比べて復興が進んでいないが、克服できると思う。大阪港に対する認識の相違が促進を阻んでいる。大阪港は他の主要港のような単に海陸輸送の接続点の役割だけでなく、大阪工業と深い相互依存関係にあり、復興促進に集中すべきである。大阪産業界が日本の運命は大阪が開拓するという強い信念の下、自立経済の達成に尽力しており、産業の動脈というべき、大阪港が早く復興することを祈る。
 
港ニュース(2)大阪港入港外航船の新記録
 
[06]港湾管理者の発足に際して /大阪税関長 梅原俊雄
戦後6年を経過し目覚ましい発展をしており、大阪港は輸出入で昨年の2.3倍、全国の14%と他港に比べ大きく伸長している。大阪市が港湾管理者となったことは、大阪港80年の歴史でエポックメイキングであり港湾管理者に期待する。税関業務の重要性から、港湾施設の新築等で、できる限り税関の業務遂行に便宜を与えてほしい。港湾管理者と緊密な協調、連携するためにも港湾関係各界の官民の代表を網羅する協議会を設けて、港湾の管理運営に意見が反映できるようにするのが望ましい。関西の玄関である大阪港がより発展することを願う。
 
[07]国際的大阪港に /大阪海陸協会理事長 伊藤武雄
昭和23年に「大阪港庁設置調査員会」により合同研究し、各方面から注目、批判も受けたが、中央で参考にされ、港湾法で「港務局」となって現れた。大阪市は大阪港育ての親であり、大阪市が管理者となったことは喜ばしい。大阪港は横浜、神戸にくらべ、国際貿易港として影が薄い。港湾施設、交通機関が手薄である。修築十か年計画、環状線整備で足の問題を解決すべき。
 
港ニュース(3)大阪港関門信号所改装完成
 
[08]環状線の促進 /関西産業復興会議議長、関西経済連合会副会長 栗本順三 
大阪港に今まであまり馴染みがなかったが、戦後石炭の不足著しく、これは大阪港の荒廃が原因ではないかと思った。近藤、中井市長がいた事は大阪港復興にとって幸運であった。大阪港の復興に巨費を投じているが、市民の関心が高まっているのか杞憂する。国鉄環状線の完成を急ぐべき、それは、市民の身近に港を引きつけることになる。
 
港ニュース(4) 民貿輸出第1船テイニー号の進水
 
[09]感想 /前運輸省港湾局長 後藤憲一
大阪港の水域を確定できたことに当局者のご苦心をお察しする。大阪港が今後世界的になるか地方港のままかは管理者のセンスによる。大阪港は世界的規模になれる可能性をもっている。日本では他に東京港だけである。港湾法制定の動きは大正6年からあったが、その複雑錯綜した内容を一つの法律にするのが難しかった。今回の港湾法は港湾の主権を地元の地方公共団体に譲り渡すことになったが、アメリカ製洋服の様で日本に合わないところは今後変えてかないといけない。国は公共団体と領分争いをしないようにすべき、大阪港の港湾人は大阪港発展の
捨石になる決心をもつべき、大阪市民、府民は大阪港の発展がいかに自らの生活経済に緊密に結びついているかを識るべきである。
 
[10]港湾運営に期待するもの /近畿造船協会会長 松原與三松
市営港として長い歴史をもつ大阪港が大阪市の単独管理となったことは大変喜ばしい三大貿易港の一つとして多くの問題がある。修築計画の早期竣工、交通網の敷設、荷役能力の増強。上屋倉庫は建設期は、民間の独立採算では困難であり、港湾企業形態の再検討をすべきまた、神戸と隣接しており、港の啓蒙宣伝、船舶誘致、住民強力を得ることが必要。今後、港湾管理の官僚主義化を防ぐため、広く民間の協力を得るためにも管理委員会制度を採用すべき、その後委員会を諮問機関から管理運営機関への移行を考慮すべき。
 
[10]「大阪港」便り  大阪港港湾管理者発足披露 2月9日各界の代表者60名で国際見本市会館で披露宴を催した 
 
[11]港湾法人とその港湾管理者たる在り方/山本五郎
港湾とはそもそもいかなるものか、その理論的根拠から「国のもの」であるが,その国の機能をいかに分割し、地方に限界するかに港湾行政の問題がある。港湾を管理すべき者は直接利害をもつその港の主人公であるべきあり、国は管理運営の方法、方針を示すのみで、地元の港のことは遠い隔たりのある関心事となる。港湾管理者として公法人格の特殊法人が考えられる。すなわち港湾法人である。昭和29年に大阪港では、大阪港湾公社設立要綱を作成した。大阪港湾公社=大阪港庁の構想の内容。日本の復興を遂げるには、まず港湾都市を経済再建の根拠地とすべき、さしあたり港湾管理者として大阪市となったが今後前述の要綱を参考に充実されるべきである。民主的なポートーソリティが誕生することを願う。
 
[16]「海外ニュース」(1)1951年の世界造船状況 (日立造船調査課提供)
 
[17]「玄関」と「台所」 /大阪港振興協会副会長、住友倉庫社長 田中直方
関経連主催で阪神の主要会員の懇談会が神戸で行われたときのエピソード紹介,神戸の港運業者より大阪側の実業家にもっと神戸港を利用してもらいたいとの提案あったことに対する私の発言。神戸港は日本の表玄関、東京、横浜や名古屋、四日市のように競争関係にあるという考えもあるが、神戸を玄関とすれば大阪は台所の勝手口で荷物本位で本質が異なる。大阪は能率がよければ目的にあう。旅客より貨物港で
神戸とは相互に密接な関係で発展すべき、玄関が繁盛すれば勝手口も忙しくなるというような漫談のような話をした。両港の共存共栄の必要を述べた。
 
[18]「海外ニュース」(2) 船舶の溶接建造の経済性 (日立造船調査課提供)
 
[19]大阪港港湾管理者の決定に際して/大阪倉庫協会会長 山中九三郎
大阪市が大阪港の管理者になったことは港の振興大阪市の繁栄にとっても喜ばしい,特に港湾機能の強化に加えて、陸運関係、臨港鉄道、道路、上屋の地盤整備を促進すること倉庫機能が十分発揮できるようにお願いしたい。
 
「海外ニュース」(3)米国保税倉庫法の一部改正 /住友倉庫業務課長 有田喜十郎
米国の保税倉庫法の改正内容 保税倉庫の貨物の保管期間延長の許可の際、倉庫業者の同意または経過保管料の支払いが規定された。倉庫業者の不利な一つが解消された。
 
[20]大阪港に期待す /日本紡績協会専務理事 田和安夫
今年、日本は講和調印して国際社会に復帰し、我が国産業の再発足の年であり綿製品の輸出量は世界1位となった紡績業は原料全量を輸入、製品6割を輸出しているので海上輸送に協会として特別の関心がある。大阪港は、高潮対策など推進して、荷主に安心感を与えるべき。港湾諸料率も改定されて、負担者としては設備改善、外国船の誘致などを希望する。特に冬の綿花到着時には貨物が滞ることなく水の流れるように捌かれることを期待する。
 
港ニュース(5)便利になった市電築港線
 
[21]港湾法実施に際して /大阪港艀船協会会長 蒲原貞一
大阪港は戦前年間3000万トンを取り扱い、横浜、神戸を遥かに凌いだ日本一の実力を誇ったが、戦後は両港の後塵を拝している。神戸港は外務省に働きかけて、接収されている岸壁も大幅に返還されるよう働きかけている。特段の努力をしなければ神戸港に大きく引き離されてしまう。大阪港の繁栄は大阪市の繁栄であることに大阪府市官民が耳を傾けてほしい。管理者には民間業者の力の及ばない公共施設の拡充強化をお願いしたい。戦前、艀は60万トンあったが現在はその四分の一になっており、艀の新造船のためにも融資保証制度を確立してほしい。
 
[23]大阪港港湾管理者発足に際して /大阪港運倶楽部代表幹事 中田武教
大阪港の港湾管理者が大阪市になったことは喜ばしいこと。港運事業者として、管理者が民間事業者と競争的な立場に立ったり、民間の活動を抑制せず業界の保護育成。また、港湾労務者対策として高潮に対しても安全な住宅の増設をお願いする。
 
港ニュース(6)・内海航路の安全宣言と大阪港・6大港港湾会議が大阪で開催されることとなった・南氷洋捕鯨第1陣第3天洋丸帰港
 
[24]大阪港の振興のために労資協力関係の確立を /全港湾労組大阪地方本部執行委員長 山戸美作
戦前の日本経済はアジア近東諸国との貿易により支えられてきた。大阪港は輸移入港として重要な役割を果しているが、今後もさらに役割が増大する。これらは、1万人近い大阪の港湾労働者の生活を担ってきた。日本の全労働組合は日中貿易再開を取り上げている。関西経済復興会議も中国貿易問題に重大な関心を示している。労資の共通問題となっている。政治的な様々な圧力とは別に純粋経済問題として、中国貿易の再開を含めアジア近東諸国との共存互助を図るべき。大阪港では、労資間紛争で解決できない種々の問題がある。業界団体と港湾労働者の組合の統一的な団体交渉の機関設置が必要で名古屋はすでに完成している。大阪港の発展のため労資関係に単一的秩序をもつことを願う。
 
 
[27]アメリカ港湾見聞記(3)/大阪市港湾局 根来実雄
港湾の行政機関 米国の港湾管理主体は複雑であるが、建設振興発展調整に責任を持つ管理主体(広義のポートオーソリティ)の設立に迫られている。港湾施設の大規模化により私会社では整備が困難であるため。また管理主体は英国とは違いビジネス本位である。
ニューヨークポートオーソリティの詳細
1.その起源 2.協定内容(1921)3.統括計画 
 
[30]港湾管理者業務の紹介 ー大阪港港湾管理者としてー /大阪市港湾局
港湾管理者としての大阪市港湾局の紹介 組織図と分掌事務
管理課所管業務 ①管理業務②埠頭作業の能率向上
海務課所管業務 ①岸壁及び桟橋②けい船浮標③引き船(3隻)④綱取⑤船舶給水⑥水上起重機⑦塵灰搬出⑧航路標識⑨外航船に対する出航免状の発行⑩錨地の指定⑪入出港船舶の調査⑫入出港届の受理⑬水面の取締⑭海図及び水路告示⑮消化及び救難
 
[36]港湾統計/大阪市港湾局
 大阪港入港船舶(昭和26年1月~10月)、昭和26年 大阪港臨港駅貨物調査表,大阪港出入貨物 全国主要貿易額調 
[39]税関統計/大阪税関 大阪港輸出入額およびトン数量
[41]会報
 
 
 
 

大阪港 no.008 1952年01月(昭和27年)第03巻 第1号

[掲載ページ] 目次詳細・要旨
[01]講和の新春を迎えて /大阪港振興協会会長 近藤博夫
昨年は臨港線敷設問題、労務確保問題、通信網強化問題、窓口簡素化問題など進展した。また内港化工事の1期完成によりルース台風の被害も食い止めた。今年は大阪港に外国船を誘致のための対外宣伝を展開、港の復興が大阪市全体の繁栄の基であるという市民理解を深める。
 
[02]今年の大阪港 /大阪市港湾局長 堀威夫
大阪港の港勢は戦前の大正10年頃に匹敵するほど回復してきた。神戸港への艀輸送が減少したが、大阪港への直接寄港が増えている。対日講和、安保条約、朝鮮動乱の休戦により経済影響の判断難しい。25年12月20日大阪港の港湾管理者が大阪市になることは、大阪港史上のエポックメーキングである。昭和26年からの恒久的堤防工事は昨年のルース台風で被害を最小限にとどめた。今年は、昨年8月特定重要港湾の指定もうけたことから国も支援も受け、遅れている修築工事を重点的に進める。
 
[03]「港ニュース」(1) 大阪港港湾管理者の決定!!・・手続きを経て、27年1月1日より大阪市が大阪港の管理者となる
 
[04]昭和27年の大阪倉庫業 /住友倉庫社長、振興協会副会長 田中直方
昨年12月は日米開戦10周年でわが国に対する世界の批判を甘く見てはいけない。大阪港の戦前の倉庫上屋50ha、内外定期航路110,3000万トンだったが、戦争で大半を失った。現在倉庫30haまで回復した。国全体では366haの倉庫が終戦時250haに激減し現在495haになった。
大阪府下は40haで全国の8.5%となり神戸に次いで2位である。25年はドッジラインにより倉庫貨物が減少したが、朝鮮事変により一時的に急増した。楽観は戒め、倉庫業は合理化して料金の逓減を心がけるべき。本年度の日本経済は余談を許さないが、ダレス大使の言葉を覚悟として難局に処していく。
 
[06]我国海運の使命と今後の課題 /大阪商船社長 伊藤武雄
わが国海運の重要性が認められ急激に船腹量が増加している。しかしまだ戦前の5割強であり、さらに多くの船舶必要。世界の海運国は日本海運がダンピングで市場を攪乱しないか恐れて制限につながっている。国際海運協調の精神で進めることが必要。船舶の増強は急務、船価の合理化、開発銀行の枠拡大、金利の低減などを要望。
 
[07]「大阪港便り」(1)
大阪港、尼崎両港に出入りする貨物の海上運送保険のサーチャージの廃止
 
[08]船腹増強と輸出産業としての我国造船工業 /日立造船社長 松原與三松
世界船舶量は戦時中に喪失した船腹回復に努力し、戦前を上回るが、内30%以上が老朽船,戦標船であり、質的回復が望まれる。世界第2位と称せられたわが国造船工業も、政府の本年度造船計画も一貫せず、世界に立ち遅れ、造船工業の存続を危うくする。船腹増強に優先的に資金が捻出されるべき。造船生産能力の過剰を認めるが、確たる造船計画を政府が発表すべきである。
 
[10]「海外ニュース」
ニューヨーク港取扱貨物量は26年ぶりに最高を示す(マリンニュースより)
 
[11]港運業好転への期待 /三菱倉庫大阪支店長 中島時雄
講和条約の発効した昨年、大阪港の港運業の景況は異例の波動状況であった。港運業は、「船車連絡上の枢要な機関であって、その活動が溌剌としているか鈍重であるかによって、港湾の盛衰にかかわる。」港湾運送事業法が制定施行されたことは特筆されるべきことで、「経営を妥当に規正し業務・料金を適正化し公平競争の基盤を確立することになる。」しかし業者の登録も終了したが、確定料率の実行には一抹の不安の念がある。大阪港は事業法に反するような事例は考えられないが試練の覚悟を要する
 
[12]「大阪港便り」(2) 港湾用無線電話の実験について
 
[13]アメリカ港湾見聞記(2)/大阪市港湾局 根来実雄
米国港湾の労働者の状況報告
1.労働力不足 国土に比して人口少ないため、労働賃金高く、能率化、機械化進む
2・港湾労働者 労働組合(I.L.A)は強固であるが、フォアマンは絶対的人選権を持つ
3.労働賃金  港湾労務賃は良い方で、週40時間で100ドル程度になる
4.船内荷役賃 ステベ会社の原価計算例 概ね1トンあたり2.74ドル~4ドル
5.厚生施設  公共経営の施設みあたらなかった。
 
[15]港湾運送事業料金について
船内荷役料 はしけ回漕料 沿岸荷役料等は物価統制令で改訂されてきたが,港湾運送事業法が施行され、業種で、一般港湾運送事業(第1種)、船内荷役事業(第2種)はしけ運送事業(第3種)沿岸荷役事業(第4種)に分けられ、事業者登録し、業種別の料金届出になったが、運輸省承認料金を基準として事業者で合理的に修正したものとなった。大阪港では、昭和26年9~10月で届出、11月下旬から実施された。
阪神港で荷捌貨物に対して上屋保管料が新設された。さらに1種事業者の総合責任に対して受渡手数料が定められていたが、荷捌料が港運料金から削除となった。
「普通営業倉庫保管料率」の改定について
統制価格から倉庫業法で運輸省公示の基準価格を標準として各倉庫業者で設定することとなった。
 
[17]地盤沈下の原因について /高村靖
地盤沈下問題は、大阪港移転説、廃港論までなり世間を騒がした。地盤沈下の原因は、様々な研究がなされ、現在地下水説となった経緯を説明地盤沈下には地殻変動によるもの、表層部のみの現象によるものに分けられる。表層沈下として天保山では、昭和3~7年で沈下が激しくなり最盛期は7~20cmのところもあったが19年には停止した。沈下のメカニズムは種々考えられるが、和達博士は地下水位に注目し沈下量と強い相関があり、沈下は「地下水位の低下により粘土層の圧密が加速されるために起こる」という地下水説が有力となった。沈下は、工業用水、冷却用水で地下水を大量に用いたことが原因であり、終戦当時、地下水位が上がると沈下も止ることで説が実証された。沈下の原因が人為的なものでり、今後地下水を一定以下に下げないように工業用水整備使用、地下水還元を行えば沈下防止は可能である。
 
[22]大阪港について思うこと /住友倉庫専務取締役 森川謙三郎
大阪港は戦前は神戸・横浜をはるかに凌いだ貨物量(昭和14年3000万トン)を有していたが、今やお話しにならないくらいの淋しさである。大阪港は自然の良港ではなく、人力で作り上げた港だが「隣には神戸港という天然の良港、しかも古い老舗と歴史を持ち国営港として経営せられてきた港がある」ことで大阪港の運命も難局であるが、背後地に強大な工業生産力があり復活する可能性も十分にある。河港、内港計画に方針転換し、海港を外港として活用すれば望み多い未来がある。大阪港が都心から離れ交通の便が悪いのと緑が少ないのが繁栄を阻害している。
 
 
[23]「港ニュース」(2) 春を控えて賑わう大阪港 外航船の入港実績表
 
[24]船造り対談/XYZ生
聞き人:近畿海事局船舶部長 秋山兼良(造船のエキスパート)
語り人:南進造船相談役 池田為吉翁(日本の造船工業の功労者)
昔の造船所:日本の船造りは、朝鮮の人が尾張に来て千石船を造り始めたことに始まる。明治10年以前は造船所はなく頭梁がいた。池田家の他に三原、阿波家があった。池田家は享保2年に石川の大聖寺から大阪に来た人が千石船を作り出した。千石船は朝鮮征伐の時、軍船を造るのに尾張、伊勢から船大工を集めそれらが大阪に居ついたのが大阪の造船の由来。明治3年頃から北前船を建造、明治10年には七浜で16軒の頭梁になった。
船の大きさ:当時50t~80t 大阪で最大は1300石ぐらい
今の頭梁:池田と三原ぐらい 造船所は今の千代崎橋あたり
船の種類:荷物船、留学から白峰、村瀬さんが帰ってきて洋型船(帆船)を作り出した。大和船(千石船)は大阪が一番で洋型船より数が多かった。大和船の航路、積荷:北海道から ニシンカス、靭にカス問屋ができた。
船の修繕:秋に木津川は修繕舟でいっぱいになる。三軒家で船火事があり、以降木津川の西に掘割を造って船を入れるようになる。北前船が1600艘ほど
艀について:明治20年から建造、明治18年頃大阪鉄工所が鉄舟を始める そのあと藤永田で建造
船価:明治38年当時で48トンの船で3000円かからなかった 工賃は一日40銭
徒弟制度:13歳までを子供、15歳までを前髪、15~6歳で元服、17~18歳を若いもん、池田家の弟子は、佐野安ドックの安、紀州日高の村上がいた。
乗務員:北前船で800石で14人ほど
進水式・船霊:大阪の船は優秀、進水日の前後3日間飲み続け、船霊は住吉から加太に流れ着いた立雛など
失敗談:明治28年に台湾の基隆で艀をつくるため職人を連れて行ったが、病気にかかって引き上げた。欧州大戦で儲かった。大阪の造船が発展したのは辛抱が大切(この対談の後 池田為吉翁は病気で他界)
 
[29]酒仙 /辰巳商会専務取締役 瀧田幸次郎
天王寺公園で20年前に酒豪に会った出来事、江戸時代の酒飲みの会の話
 
[30]市章(澪つくし)誕生記 /ABC生
明治27年3月26日に大阪市の市章が澪(航路)つくし(標識)になった経過と理由、発議されて10か月間議論を重ねて漸く決定された。難波津の昔から幾百年、大阪港は大阪市の発展と歩みを共にしてきたことから、港と都市の密接な関係を示す市章となった。(明治26年12月報告書および理由書)
 
[32]港湾統計 /大阪市港湾局
大阪港入港船舶、大阪港出入貨物(昭和26年1月~9月)、5大港入港船舶表、出入貨物トン数表
 
[35]税関統計 /大阪税関  全国主要港貿易調べ
 
[37]舌で訪ねる瀬戸内海 /関西汽船客船課 三宅正夫
近頃は、観光収入を「見えない輸出品」などと言っているが観光は旧態依然としたものだ。味覚は観光地と密接な関係を持っている。瀬戸内海では、福良の鯛の活造り、讃岐の銘菓木守り(キマモリ)伊予の名産(タルト)別府のフグと日出の城下カレイ・・・ 観光地はただ、風景のみでは喜ばれない。その観光地特有の食べ物、施設、人情が伴わなければ長く人の印象に残らない。世界に見えない輸出品として誇示するためにはまず国内の人々も楽しめるものでなければならない。
[39]会報
 
 
 
 
 

大阪港 no.007 1952年11月(昭和27年)第02巻 第6号

[掲載ページ] 目次詳細・要旨
[巻頭]1981年の大阪港 /関西汽船社長 神田外茂夫
30年後の大阪港を想像したもの。雨に煩わされることのない港湾荷役、ポートオーソリティビル、原子力船の利用など未来の大阪港。
 
[01]港湾の機械化と失業対策 /住友倉庫常務取締役 野崎金衛
戦後の日本の主要港湾の荷役能力は戦前の35%まで落ち込んだ。朝鮮動乱以降船腹の拡充は図られてきたが、港湾荷役能力の増強は図られていない。荷役機械の新設など作業能率を上げる必要がある。港湾労働者の失業問題は、合理化に伴い、総取扱量が増加し、荷役規模が拡充されるので十分吸収される。
 
[02]「大阪港」便り(1)
港湾窓口業務の簡素化、ニューヨーク定期航路の大阪寄港問題、大阪湾中航路掃海短期完成促進、アフリカ、南米航定期航路大阪寄港開始の報告
 
[03]講和後の日本海運 /大阪商船営業部長 津山重美
 戦前は日本の輸出入貨物の50%は日本船だったが、戦後は、20%に過ぎず200万総トンの船舶が必要である。実態上船舶増強は困難な状況であり、それを受け講和条約でも制限を加えられなかった。一方世界への航路が復帰される中、船舶増強を図るべきだが、日本は船価が高く、金利が高率でコストがかかる。世界の海運市場の激烈な競争に堪えるためにも船価の国際水準以下に下げるべき。政府は、ドイツ、イタリアのように特別な金融措置を講ずるべき。
 
[05]我国貿易の現状に寄せて /日本貿易会参事  小林忠一 
国際収支は健全に見えるが、それは連合国特需、ガリオア資金に支えられている。これらがなくなった場合、ドル圏よりの輸入を減らすと、生活の低下、経済衰退となるため、輸出増加を図るしかない。そのためのドル不足対策、輸出強化策が国により策定されているが、あまり期待できない。民間として輸出入コストの削減を図るため貿易産業一体となり振興に協力すべき。
 
[06]「大阪港」便り(2) 事務所と船を結ぶ無線電話実現
 
[07]アメリカ港湾見聞記 /大阪市港湾局 根来実雄
港湾労働、労働賃金について、入手したニューヨーク汽船会社協会の労務協定書を翻訳し紹介
 
[15]港ニュース 
・ニューヨーク定期航路復航路船相次いで大阪に入港・第7次大型高速船のトップ山福丸進水・日水図南丸船団大阪港出発南氷洋へ・三菱倉庫桜島C号倉庫の竣功・東洋一の大クレーン竣功
 
[16]金毘羅詣での記 /振興夢人
5人で金毘羅参り、神戸ー小豆島ー髙松 途中風浪激しかった旅行記
 
[17]全国主要港に於ける港湾施設使用料の比較
大阪、横浜、名古屋、神戸、東京、国営の使用料の比較,(けい船岸、けい船浮標、上屋倉庫、荷上場、野積場、えい船、綱取り、起重機利用料,船舶給水料、木材整理場使用料、じん灰搬出料)
 
[25]台風ルース放談 /A B C 生
昭和26年10月に西日本を襲った台風ルース(名称)への港湾局職員の対応等、災害状況、2000人が局庁舎に避難した等、進行している、港湾工事と防潮堤工事によって被害を避け得たことなど
 
[28]港湾統計 ・入港船舶(隻数、総トン数) 出入貨物(トン)
[30]税関統計 ・輸出入額およびトン量 ・全国(1~9月)主要港湾貿易額調
[32]会報 
 
 
 
 

大阪港 no.006 1952年09月(昭和27年)第02巻 第5号

[掲載ページ] 目次詳細・要旨
[巻頭]昭和26年度に於いて協会の果たすべき責務は何か!!
協会総会における決定事項 ①修築計画の短期完成②港湾施設の整備促進③港湾地帯交通網の強化④港湾に対する通信網強化⑤港湾労務確保⑥艀船確保⑦啓蒙宣伝、外国船誘致⑧港湾行政窓口の簡素化、港のサービス精神確立 他
 
[01]みなと「大阪」に寄せる /日立造船社長 松原興三松
大阪港は船舶、貨物とも日本屈指の港だが、横浜、神戸と比べて港らしく感じないのはなぜか。弱点として西南風、不便、地盤沈下があるが、さらに船員の娯楽慰安施設がない。現在の天保山あたりの荒涼とした有様、港湾施設に加えて船乗り、旅人の為にも大計画を立ててほしい。
 
[02]アメリカの鉄道貨物運賃の変遷 /住友倉庫業務課 神崎康郎
アメリカの鉄道運賃は、一年に何回も改正されている。一方日本の港湾チャージや倉庫料金の改定は、改定に多くの時間を要して、物価変動に遅れる。こころすべきこと。
 
[03]終戦から平和まで 復興大阪港の歩み /大阪市港湾局
・はしがき 戦前名実ともにわが国3大港の一つであった大阪港が戦災により影をひそめた。日本の復興の為にも港大阪の復興はクローズアップされた。
・港湾施設の復旧 1.港内外の掃海 2.航路啓開 3.陸上施設復旧
・復興工事 1.修築10ヵ年計画 
・港勢 1.港勢推移の概況 2.入港船舶 3.定期航路 4.取扱貨物
 
[07]紐育定期航路の大阪寄港の問題について /小林四五二
ニューヨーク定期航路での寄港地として、神戸港と近接している等の理由で大阪港は認められておらず、認められるよう運賃同盟に要望活動を行っている。大阪港の雑貨輸出等の利点を説明することで、ローディングポートとして実現が望ましい。
 
[09]ニューヨーク定期航路往航大阪寄港の問題に関する協会の動き
大阪港をニューヨーク定期航路のローディングポートとしないという情報を得たので、協会として要望書をとりまとめ、日本の各省、同盟会議に要望文を日・英文にて提出した。要望文の全文紹介。
 
[14]紙上対談 /港に生きる人々に聞く/中島振興協会事務局長
大阪港の第一線で働く方々の意見を聞く会を開催。港湾施設整備の内容、港湾手続き、ポートサービス面での意見および輸入貨物の荷捌きについての意見聴取。
 
[17]港湾統計 /大阪市港湾局
大阪港入港船舶(昭和26年1月~5月) 大阪港出入貨物
[18]創作欄 /衣冠の侠客 /A・B・C生
西村捨三翁の思い出を小説風に創作したもの。大阪港を離れる場面から始まり、翁の来歴を交えながら、築港工事を進める際に起きた事故と殉職者への謡曲「鹿の瀬」製作、デレーケとの出会い、木村重成顕彰碑、そして防波堤の建設への取り組みなど,エピソードを含めながら大阪港の建設にかけた思いが語られる。
[23]会報
・振興協会昭和25年度決算、26年度予算他 
・大阪港振興協会定款
 
 
 
 

大阪港 no.005 1951年07月(昭和26年)第02巻 第4号

開港記念特輯
[掲載ページ] 目次詳細・要旨
[巻頭]協会4年の跡を顧みて /大阪市長 中井光次 
協会4年目にして、会長を辞するにあたっての言葉、市長として大阪港発展に取り組むまた、近藤新会長に後を託せることは大いなる喜び
 
[巻頭]就任に際して /前大阪市長、振興協会会長 近藤博夫
病気により市長を辞任したことは大変残念、港の復興、臨港地帯の復興に力を注いだ、大阪港復興のお役に立ちたい、港の人柱にでもなりたい気持ちである。
 
[01]思い出の大阪港を語る /元大阪商船副社長 太田丙子郎
大阪商船の創立の歴史と、富島本社での思い出,海難事故、中央突堤が涼み台、魚釣り場だったころ
 
[02]協会本年度の課題 /OP生
協会4年目を迎えこれから取り組む課題の整理
 
[03]大阪港修築十ケ年計画・工事概要とその現況 /大阪市港湾局
・計画の概要・計画の主な内容・施工方法の一部変更・工事予算額・工事進捗状況
図面:大阪港修築10ヵ年計画工事図
 
[05]大阪港を中心とした航路の変遷 /大阪商船調査課
明治初年から大阪港を中心とた航路の変遷について。明治元年では全国の汽船は138隻、その後民間汽船増加,西南戦争で大阪が兵站部になり物資集積、その後船会社の設立と統合で大阪商船が設立。国内18航路、海外釜山、仁川航路開始、日清、日露戦争,第1次世界大戦後内外で84定期航路をもつに至る。
 
[07]倉庫業者の保険問題 /愁畔生
倉庫業では受寄物について保険強制の原則となっているが、問題となる事例が多く出てきており、基準料率について保険業者の方でも研究を進める必要ある。保管倉庫と荷捌上屋での混蔵する場合が出てきておりその際の保険の取扱いをどうするか、特に綿花におけるショアーリスクの問題、上屋荷捌期間が長期間になってきていることが原因。
 
[09]港ニュース
・7月15日入港検疫再開・大阪港内南港、北港の掃海
 
[10]大阪港と住友~大阪築港第一号繋船岸(住友棧橋)工事の回顧~ /住友倉庫 有田喜十郎
大正5年大阪市の委託工事として第一船渠北側沿岸に240間の鉄筋コンクリート片桟橋の築造に8年着手、背後に上屋倉庫を15年までに工費258万円で完成。
その工事内容の詳細が紹介。(設計・施行:住友合資会社工作部臨時土木課)
 
[14]大阪港修築計画側面史 /ABC生
大阪港修築計画が昭和22年6月、戦後初として国の第1回港湾委員会で審議された状況が克明に報告されている、苫米地運輸大臣、佐藤栄作次官、大阪府知事、市長、堀港湾局長以下60名に余る大会議となった。運輸省後藤港湾局長による大阪港修築計画の詳細説明内容および質疑内容の報告。
 
コラム:大阪港開港記念行事いろいろ 
港まつり 7月15日(港内めぐり  NHK「のど自慢」大会 大花火大会)
 
[20]港湾統計 /大阪市港湾局
大阪港入港船舶累年比較(昭和元年~25年)隻数 トン数
大阪港出入貨物トン量累年比較
6大港入港船舶比較、取扱貨物トン量比較(運輸省港湾局調)
[22]会報
[23]附録(港湾法改正全文)
 
 
 
 

大阪港 no.004 1951年06月(昭和26年)第02巻 第3号

[掲載ページ] 目次詳細・要旨
[01]大阪港の港湾機能強化促進について /杉村倉庫社長 山中久三郎
戦後の日本の経済の復興安定と国民生活の向上を図ることは急務であり、連合国においても、別の意味合いもあり諒解されいている。そのため大阪港の機能増強の充実を急ぐべき。特に臨港鉄道線と安治川鉄道線の建設を促進すべき。
 
[02]船腹造強と海事金融の必要性 /日立造船社長 松原與三松
わが国の経済自立には、商船隊の整備拡充を図るべき、朝鮮動乱以降世界の海上運賃が高騰し、船腹不足が激化した。一方英米、西欧海運業者から、日本の造船を制限する動きもある。自国による造船を推進するため、長期、低利の海事金融制度を確立すべき。
 
[06]アメリカに於けるポートサービスとポートチャージに就いて /大阪市理事港湾局技術課長 徳岡堅三 
入0手した米国太平洋岸施設使用料(米国陸軍省 小冊子)について、日本の港の参考とするため。特にポートサービスの部分について、徴収の考え方と料金等を解説している
 
[11]朝鮮動乱後の我国輸出額の実質的価値~英国の場合と対比しつつ~ /江商調査室 内田勝敏 
朝鮮動乱を契機として、輸出入額とも激増したが、貿易量を測定する必要があり、英国と比較しつつ、その実態を明らかにする。
 
[15]邦船による外航定期航路の現状 /大阪商船調査課
昨年4月以降、海運の民営が実施され、邦船定期船航路が次々開設されている状況と運賃同盟の有無について
沖縄航路 (邦船5社 沖縄航路運賃同盟) 南米航路(大阪商船 運賃同盟)バンコック航路(6社3グループ 運賃同盟)インドパキスタン航路(ビー・アイ社のタリフ使用)
 
[17]大阪港便り
・中井会長 大阪市長就任 協会岡野理事 西区市議当選 ・シヤトル貿易博覧会の出る大阪港の偉容 ・港湾運送事業法の制立・大阪港検疫支所開設・大阪港振興倶楽部の再建
 
[18]酒塔 /辰巳商会専務取締役 滝田幸次郎
柳生の里で見た酒杯の形の墓石から日本酒にまつわる日本の風習など
 
[19]港ニュース
・パキスタン定期航路第1船大阪入港・日本水産松島丸処女航海にのぼる
 
[19]港湾労務に関する懇談会記事
今後の大阪港の発展のため、労務需給調整のあり方について意見交換
特に1.港湾労働者住宅問題 2、荷役労務者の技術訓練所設置の必要性について話し合われた。
 
[21]船舶屯数の話 /関西汽船企画課長 伊藤正男
船舶のトン数についての解説
 
[23]港湾統計 ・入港船舶 ・出入貨物 
[24]大阪港々湾設備の概要
・係船岸、桟橋 ・係船浮標 錨泊 ・上屋倉庫 ・港内はしけ ・港湾労務者・荷役機械 ・ポートサービス 
[28]会報
・港湾運送事業法案に関する要望他
[29] 付録 港湾運送事業法 条文
 
 
 
 

大阪港 no.003 1951年04月(昭和26年)第02巻 第2号

[掲載ページ] 目次詳細・要旨
[01]近藤君を送る /大阪港振興協会会長 中井光次
戦後初代の公選市長の近藤氏(元港湾部長)が病気のため市長を離任するにあたってのことば
 
[01]大淀川港生まれる /住友倉庫社長 振興協会副会長 田中直方
地盤の悪い大阪港を地盤改良工法を用いる内港化計画が完成したが、産業港の需要高く淀川を掘り下げて守口まで、いずれは日本海に抜ける大運河計画の夢を見た
 
[02]港湾の法的確立 /近畿海運局長 鳥居辰次郎
 港湾運送事業法が昭和26年から6年かけで難産した。港湾運送事業は公共性を持つがその経営主体小規模で脆弱、不安定だ。港湾事業者を保護し健全に育成する必要ある。港湾運送は日本の産業の大動脈である。
 
[04]アメリカ港湾の視察記 /大阪市理事港湾局技術課長 徳岡堅三
大阪港の管理主体も近く決定される。今回3か月アメリカの主要9港湾を視察した概要について報告
・港湾管理
多様な港湾の管理主体ある。なかでも港庁制度は成功しているように見える
理由は
①施設を所有している
②ピヤーヘッドライン内水面、陸域に強力な権限を持つ
③公債発行権を有して採算の取れないピヤーは無闇につくらない
④委員は政治的背景を持たない
⑤事務局の内容が人的に充実してること
・外国貿易地帯(セラー法による)試験状態で日本でいう自由貿易港ではない
・桟橋、上屋等の港湾施設の構造及び利用
港湾施設は、規模が大きいが、地震がないため構造的には簡単な物多い
荷物運搬車の進歩で埠頭幅が幅広くなった。上屋はRCで2階建て。どの港も鉄道の引き込みと道路の関係で苦労している
大阪港の背後の都市計画に注意すべき、2流3流の住宅地にするのではなく大阪経済中心にしていくべきと米国港湾背後地を見て感じた。
 
[06]国際物資割当機関が成立するまで /江商株式会社調査室長 片山謙二
朝鮮動乱後の世界的な価格高騰、インフレを防止するため設けられた国際物資割り当て機関の設立経過を解説
 
コラム 大阪港のO.Pとは!
 
[08]大阪港ニュース/三題
・大阪港入港外航船の新記録 ・大阪埠頭倉庫株式会社創立・水難救済会の浪切丸完成
 
[09]大阪港に於ける倉庫港湾対策 /住友倉庫常務取締役 野崎金衛
重要原材料、食料の確保が急務となっているが、大阪港は神戸、横浜に比べ復旧が遅れ、台風被害もあり、荷役能力は戦前の22%、倉庫は50%すぎない。昭和26年では倉庫3万坪の不足、荷役能力は現有の59%も不足するため、港湾能力増強等(項目ごとに具体数値を列記)を早急に実施すべき。
 
[11]大阪港に望む一外国船会社の話  /XY生
外船誘致を積極的に取り組むべき、そのためには、統計資料を充実すべき
 
[34]大阪港の遮蔽に関する模型実験報告 /運輸省技術研究所港湾物象部
大阪港は港内フェッチ(対岸距離)が長いことにより港内波浪の問題がある。そのため、防波堤を港内に設置する箇所を、縦10m横6mの水槽で縮尺した模型実験でその有効性を考察しながら検討し一定の結論を得たその報告
 
[33]定期船大阪寄港の問題 /大阪商船調査課
大阪港への外航船寄港の阻害要因とその改善方法について、特に南米定期航路における、運賃同盟に例をとりながら説明。他国に対して大阪港を宣伝するべきと説く。
 
[34]大阪港の船内荷役業の実態(昭和25年度)/住友倉庫業務課長代理 有田喜十郎
昭和25年度の大阪港の船内荷役業の実態把握。荷役量が外航船では定期航路少なく臨時船が多いため変動する。現在、沖仲仕1500人、1口20人とすると70口の帳場となり、6000t級の貨物船では通常5口荷役のため、大阪港は14隻の本船荷役可能である。
 
[35]大阪港に於けるポートチャージの若干の実例について
大阪港が混雑していて18隻の在泊船がある。「より便利、より入り易い」大阪港となるために、現在の、船ごとにどのようなポートチャージとなって
いるか実例を提示
 
[38]大阪港を中心とした商用ならびに観光航路
貨物船のほか観光定期航路の状況紹介
・淡路方面 洲本航路(関西汽船)・伊予・讃岐方面 讃岐急行航路(関西汽船・川崎汽船)高浜航路(日本郵船・東京船 舶)・東讃航路(関西汽船)
・徳島方面 小松島航路(関西汽船・阿波国共同汽船) 徳島線(阿波国共同汽船)・高知方面 高知航路(関西汽船)・中国方面 尾道航路(尼崎汽船)・別府方面 別府航路(関西汽船)
                  
[40]港湾統計
大阪港入港船舶調  内外貿易別貨物調 出入貨物荷役形態状況調
 
[43]会報 大阪港安治川内港臨港線乗入促進に関する陳情他
 
  
 
 
 

大阪港 no.002 1951年02月(昭和26年)第02巻 第1号

[掲載ページ] 目次詳細・要旨
大阪市悠々大阪港管理者として発足            
新たに成立した港湾法により、大阪港の予定港湾区域、管理者を大阪市とする旨が昭和26年2月1日公告された(公告 大阪市長 近藤博夫)
[01]大大阪港の夢 /振興協会会長 中井光次
大阪港には深い運命的な思い出と愛着をもっている、大大阪の繁栄、近代大阪産業の隆盛には港湾の建設に当時の当局者、大阪市民の遠大な理想と信念、熱情、不断の努力の積み重ねがある。港の建設は焦ってはならない、30年50年先でなければ本当の意味と真価は理解されない。明治30年以来の外港建設、現在180度転換して昭和22年からの内港化事業が進められ再建充実が進められている。経済復興とともに大阪港は活動と貢献をする。港湾地帯の変貌は現実となった。
 
[02]昭和26年の大阪港 /大阪市港湾局長 堀威夫
起死回生の10か年修築工事計画、特に今年は港湾法制定、ジェーン台風被害、朝鮮動乱、講和問題など重要な年となる。世界経済回復から海運力の増強で港の取扱量も伸びる。港湾管理者は市営港湾の沿革から他港湾のモデルとして管理者は決定されると期待されていたが、河口港として河川がある実際から予定港湾区域の決定に複雑な事情が絡んだ。市単独管理となることに府も諒解した。大阪港はヒンターランド近畿地方の海の玄関たる構想をもつべき。今回の港湾管理者制度は将来激しい港湾競争に発展する。
港は民主的で100%効率的に運営されるべきである。港の建設では大阪港は天災に弱い自然条件を克服しなければならない.内港化工事を行ったところはジェーン台風被害皆無、
防災工事を十か年計画の中で強化すべきだ。
   
[04]日本海運の再建 /関西汽船社長 神田外茂夫
昭和25年4月1日より日本海運は国家管理から民営還元された。しかし船主間での貨物獲得戦によって内外航とも不況を極めることとなったが、朝鮮動乱の特需、政府による、老朽船等の買い上げにより劣悪船が除去され、日本海運が健全に再建する方策がとられた。北米航路、他の定期船航路も軌道に乗りつつある。
外航船舶不足問題に米援助がトルーマンにより表明されたが、新造船による船腹確保
が望ましい。その際は、遠洋大型船にかたよらず、アジア市場に根を下ろすように近海向け中型船も忘れてはならない。新造船の資金調達には、海事金融機関設立が望まれる。また建造船価が割高のため、造船業の合理化を促するべき。
 
[06]大阪港短信
・三菱倉庫大阪支店築港倉庫一部竣成
・日立造船桜島工場にて、タンカー松島丸の進水式
 
[07]港湾に於ける公私共同企業問題 /運輸省神戸港工事事務所長 東寿
1.はしがき-本論の範囲について
大阪港振興株式会社等の公有民営企業の設立は、戦後の日本の社会経済組織構造の変化、社会思潮の変遷によるもので、港湾法の中で公私共同企業の形で解決することを提示する。
2.公私共同企業の概念について
諸定義あるが、国または地方公共団体が、資本、経営に参加することで、公共的機能を発揮し、同時に会社組織になることで経営能率をあげることができる形態
3.公私共同企業の価値について
どのような場合に公益企業統制の一手段としての公私共同企業が発達し価値を持つかについてナチス以前のドイツの歴史的な経過をたどり、その価値と分類、公有民営企業形態との比較をおこなった。
4.戦後の港湾にいおける公私企業接近化について
第1の実例は大阪振興株式会社、戦後焼野原となった大阪港を復興するには、公共による臨港施設にとどまらず、港湾機能に付随する諸施設を復旧建設する必要があった。しかし戦後すぐは民間企業にその力なかった。そのような社会情勢の中で設立されたもの。他に室蘭振興株式会社、東京港豊洲埠頭(東洋埠頭株式会社)の実例を分析し、港湾での適切な企業形態として公私共同企業がある。
5.公、私企業接近化に対する港湾法の影響について
新たに制定された港湾法でも、港務局、国庫負担のある突堤の倉庫の運営などでは公有民営、公私共同企業形態が予想され、今後港湾ではこのような形態が増加する。
6. むすびー予想される公私共同企業の2、3の例について
神戸港第6、第7突堤での経営形態は公私共同企業形態が想定される。いわいゆる産業港湾施設では、このような問題がすでに顕在化していると思われる。
   
[13]大阪港ニュース
・安治川第1号繋船岸及び付属1号上屋の竣功
 
[14]英国の港湾に於ける 廻航輸送(Turn-round of shipping)に必要な諸要因
R.J.HODGES. M.Inst.T.  General Manager and Secretary. Mersey Dooks and Hanbonr Boord./妹尾隆彦(大阪市港湾局)訳 
・その主要な要因
(1) 船舶係留 (2)荷役設備 (3)労働問題 (4)付帯サービス
・船内荷役(ステヴェドア)及び他の業務 ・結論  ・翻訳にあたって
     
[19]大阪港の艀回漕業の実態 /住友倉庫業業務課長代理  有田喜十郎
1.はしがき 昭和25年度の大阪港の艀回漕業の実態
2.貨物事情(年間540万トン)
3.艀事情(97社 小企業、1130隻 ジェーン台風被害 57%)
4.艀運用状況(可動区分 船―陸48% 艀積載率 80% 月5航海)
5.艀回漕料相場(統制額ではあるが需給で維持困難)
    
[22]造船界の動向につて /日立造船営業調査課
朝鮮動乱に端を発して、海上運賃は高騰し外航船舶不足が懸念される
政府による応急船腹拡充策、外国船主からの発注 修繕工事の増加により
造船界の工事見透しは明るい、一方で原料の高騰により船価の高騰を解決して
優秀な経済船を建造できるかが問題。
   
[23]大阪に於ける倉庫坪数とその利用情況
倉庫業法改正(昭和25年)後の倉庫(11万坪から12万坪に増加)実質4000坪の増加で倉庫ラッシュも一応頭打ちになった。保管貨物も統制経済の緩和とドッジラインの影響で金額ベースで漸減
 
[24]港湾統計/大阪市港湾局
昭和25年大阪港入港船舶調、輸移出貨物調、陸上出入貨物調
[27]会報
協会機関紙「大阪港」編集委員の委嘱について他
 
 
 
 
 
 

大阪港 no.001 1951年12月(昭和26年)第01巻 創刊号

ジェーン台風 災害対策特輯号
[掲載ページ] 目次詳細・要旨
[01]第1 大阪港廃港移転の迷論を爆砕す
経済安定本部地盤沈下委員会大阪で開催される
日本の土木学界の権威が出席し西大阪の地盤沈下により発生した
暴論(大阪港廃港移転論)は何ら意に介するものでなく、
むしろ積極的に防潮、内港化工事を推進することで風水害を防除し
得ることが力説された
[03]第2 ジェーン台風災害対策と協会の活動について
大阪港風水害対策特別委員会の設置 
ジェーン台風の災害から復旧を強力に推進するため協会内に特別委員会が中井議長のもと設置された
〇第1回大阪港風水害対策特別委員会
〇港湾諸施設の応急復旧、民有施設の応急復旧のための資金確保
〇大阪港修築、地盤嵩上げ計画を繰り上げて実施などを陳情書にとりまとめ
国等へ陳情すること(大阪商工会議所、大阪海陸協会、大阪港振興協会 連名)
表:大阪市設港湾設備被害調書 表:大阪港民間諸施設被害状況調書
近畿災害対策協議会財界懇談会
運輸大蔵当局との懇談会
代表団状況陳情    
  
[08]第3 最近に於ける大阪港港勢の概要につて
表:大阪港入港船舶 表:大阪港出入貨物トン量
 
[11]第4 施設港湾設備災害復旧の概要について
戦災復旧、修築工事により港勢が戻りつつあった中でのジェーン台風被害で
大阪港は死の港となったが、港湾局による応急復旧により大半を回復した
表:大阪港応急災害復旧調書
 
[12]第5 寄稿欄 ジェーン台風災害の跡に観る OP生
台風被害を未然に防ぐ手立てはなかったかについての検証と反省
[13]第6 会議
・第1回理事会議事 ・緊急理事会議事(台風被害)
・第2回評議員会議 ・第1回運営部会議事
・第3回理事会議事 
    
[17]第7 雑報